Go to キャンペーン大混乱について

新型コロナで大打撃を受けている観光業界を支援するため政府が計画した「Go to キャンペーン」

今月22日からの旅行の宿泊費に関して、最大35%を支援すると発表したのが、たかだか一週間前。

なのに突然「東京在住者には不適用」「東京発着の旅行も不適用」、かつ「高齢者や若者の団体旅行、大人数の宴会は避けるように」とか言い出して、旅行会社は大混乱。

関東圏の観光地の旅館では「昨日と今日で200件の予約キャンセルが発生。その半分近くが今月の予約(なので、今から埋めるのはもはや不可能)」という状態らしく、「これって何を目的としたイジメ?」って感じです。

私はこのブログを「12歳のときの自分に、リアルな社会の仕組みを教えるため」に書いているのですが、今回の Go to キャンペーンを巡る混乱については「12歳だと理解できないかな?」と思えることも多いので、いくつか説明しておきたいと思います。

1.なぜ今、こんなキャンペーンをするのか? もっと後でもいいのでは?

この時期でないとダメなのは、企業のキャッシュフローの問題です。

大抵の(まともな)企業は、3ヶ月なら売上が落ちてもなんとかしのげます。
1ヶ月分は貯金があるはずだし、2ヶ月分くらいなら、銀行が緊急融資をしてくれたら「あとから頑張って返そう」と思えるからです。

でも、「半年、売上が止まる」と言われたら、どれほど健全な運営をしてきた企業でも倒産を余儀なくされてしまいます。

3月から売上が減り始め、4月、5月がほぼゼロに。6月、7月も昨年比で売上が半減に近いという観光業にとって、このキャンペーンを「夏休み」に適用できるかどうかが、事業(企業)の存続可否を決めてしまうのです。


観光業が、今後の日本の基幹産業のひとつとなっていくことは(コロナが起った今でも)変わりません。

特に農業と工業(工場)に大きな期待ができなくなった地方経済にとって、観光業の重要性は今後ますます高まります。

東京のホテルは、今回いったん潰れても、騒ぎが収まればまた誰かが買い取って再生します。それだけの収益が見込めるからです。

でも地方の場合、一度つぶれてしまうと、再生できる施設は多くありません。そして大半が潰れれば、いくつかの旅館だけ残っても観光地としては成り立たなくなってしまいます。

地方の重要産業の基盤を消失させてしまわないためにも、夏休み前の「今」はギリギリの救出タイミングなのです。

2.Go to キャンペーンではなく、旅館や観光施設など観光業者に直接、補助金を払えばよいのではないか?

残念ながら、その方法では観光業を救えません。

たとえば、観光業の支援に1兆円の税金が使えることになったとしましょう。

コロナ対策費として、その 1兆円をそのまま旅館に支援金として給付しても、旅館の収入は 1兆円にしかなりません。

しかし、

国が1兆円を使って旅行費の3分の1を補助すれば、旅行に使われる費用の総額は、
国が出す 1兆円 +  個人が旅行費として負担する 2兆円 の合計 3兆円となります。

この場合、旅館側には 3兆円の収入が入ります。

つまりこの方法なら「税金は 1兆円しか使わずに、3兆円分の支援をすることが可能」になるわけです。


これは税金の使い方としてはよく使われる方法で、「レバレッジをかける」と呼ばれます。

税金を使って景気を刺激する場合は、「いかにレバレッジを高め、少ない税金で大きな効果を上げるか」が、政策立案時の肝です。

特に旅行の場合、実際に動く人を増やせば、ガイドブックや歩きやすい靴、水着、アクションカメラといった幅広い旅行関連グッズまで売れますから、実際のレバレッジ効果は、上記で説明した 3倍よりもさらに大きくなるでしょう。

今回は「できるだけ大きなレバレッジをかけないと救えないほど観光業の被害が大きいため、政府としては直接の補助金、支援金ではなく、旅行者を増やせるキャンペーンという形を採用した」わけですね。

3.旅行なんて時間とお金に余裕のある人しかできない。なぜそんな人の旅行代を税金で支援する必要があるのか?

今回のキャンペーンの目的は「お金に余裕のある人の貯金を使って、地方で死にそうな旅館を救おう」というものです。

この「お金に余裕のある人の貯金」を引き出すために、税金を「呼び水」として使うわけです。

なので(残念ながら)「少しくらい補助があっても、旅行なんてとてもできない経済状況の人」は関係ありません。

「何度でも、何泊でも支援金がもらえるなら、仕事を引退した富裕層シニアが、来年の 3月まで旅行しまくるだけではないか!」という批判もあるようですが、それこそが今回のキャンペーンの目的です。

これは、そういう「やたらとお金を貯め込んでいるシニア」のお金を(銀行口座から)ひっぱりだして、地方の旅館に回し、観光業のインフラを死守しようぜ! という政策なのです。

なのに、こうした「富裕層のポケットマネーで地方を救おう!」という政策を「金持ち優遇」とかいって批判する人、ほんとーに本質が見えていません。

4.東京だけ除外しても意味がないのでは? 神奈川や千葉、埼玉の人も、多くが東京への通勤、通学者のはず

東京を除外したのは、「地方に感染が拡がるリスクをなくすため」ではなく「Go to キャンペーンへの批判をかわすため」です。

最初に書いたように、観光産業を残すためにはコロナが絶滅するまで自粛なんてしていられません。今は「どうコロナと共存するか」を考えるべきタイミングなのです。

そんな中、キャンペーンへの批判を交わし、何とか実質的な効果を残したいと考えて出てきたのが「東京外し」という方法でした。

実際これで、「キャンペーン自体を止める」という最悪の結論は避けられそうな雰囲気になっています。


ちなみに、日本の個人消費の 14%くらいは東京の人が使うお金です。

また、今回は「東京へ来る地方の人の旅行」も支援されないので、東京を除外することで 2割くらい、動くお金は少なくなると思います。

が、8割が残せるなら、なんとか期待した効果が残せます。


もしも目的が「批判をかわすため」ではなく「地方への感染をとどめるため」なら、「東京だけでなく首都圏全体を除外」「感染が増えてきた大阪も除外」になったでしょう。

んが、今回の「目的」はそうではなく、「批判をかわし、実質的に Go to キャンペーンを残すこと」でした。

この目的を達成するためには、東京「だけ」を除外するのが、もっとも現実的な方法だったのです。

5.なぜ「キャンペーンに反対」の人がこんなに多いの? 賛成の人だって、もっといるのでは?

「正論」には「おおやけに言いやすい正論」と「おおやけには言いにくい正論」があります。

賛成の人も「もっと」多いとは思いますが、この問題では「賛成の人はおおやけには声を上げにくい」という問題があるのです。

「地方の高齢者(=弱者)の命を守るために、東京の富裕層に旅行の補助金を適用するな!」というのは「おおやけに言いやすい正義」です。

ところが、「昨日から今日にかけて200件の予約キャンセルが出た。その半分近くが今月の予約だから、もう穴埋めはできない・・・」という、悲惨な状態におかれた旅館の支配人でさえ、テレビの取材では

「大変残念なことではありますが、私どもとしてはお客様の安全安心のために、できることを精一杯やっていきたいと思います」程度のことしか言えません。

もしも「 1週間でルールを変えられて大迷惑です。国に損害賠償を請求したいくらいです。旅館は潰れてもいいのか? きちんとした感染対策をするから、ぜひ東京からも旅行に来て欲しい」などと言ったら、

翌日からは、ネットでストレス発散する“炎上大好きイナゴ”たちからの電話が鳴り止まなくなり、建物や車に「殺人旅館!」「潰れろ!」など落書きされるといった嫌がらせを受けかねません。

つまり「キャンペーンを予定通りやってほしい」と「テレビの前で言える」のは、経済団体の長など、相当の立場の人だけなんです。

このため「ネットでは 9割の人がキャンペーンに反対している」などという実態とはかなりズレた、歪な世論だけが可視化され、政府も妥協策を探らざるをえなくなりました。

各国で起っていることではありますが、これがいわゆる「民主主義の罠」なのでしょう。

6.そもそもなぜ観光業界にはここまでの政治力があるのか?

観光業界というより「地方の名旅館」の政治力が(都会の人が思うより)大きかったということでしょう。

ご存じのように、自民党の選挙基盤は「地方の小選挙区」です。

彼らが地方で活動する際、やたらとよく使うのが「地方の名旅館の宴会場」なんです。

地元の支援団体のパーティや、地元経済団体との会食、新年会から忘年会など、小選挙区選出の政治家は、地方の活動の場としてこういった旅館を頻繁に利用しています。

つまり政治家とこれら旅館の経営者らは「ずっと昔からの顔なじみ」なのです。

このため非常に早い段階から、彼らはその危機感を自民党の重鎮政治家に伝える「ルート」を持っていました。

これが、コロナがまだ第一波の感染拡大中からこの政策が決まっていた理由だと思います。

7.東京の人がいちばんたくさん税金を払っているのに、東京の人だけ除外だなんて不公平では?

そんなの、今回のキャンペーンに限ったことではありません。

東京の人がたくさん税金を払っているのは、東京の人がたくさん稼いでいるからです。

税金は貯金でも投資でもありません。「たくさん払った人に、たくさん戻す」モノでは(そもそも)ないんです。

いちおう確認しておくと、
税金の目的は「困ってない人からお金を集め、困ってる人に配ること」=再配分です。

今回のキャンペーンは「旅行するほど余裕のある人のお金を、潰れてしまいかねない地方の旅館に回す」という再配分の仕組みとして設計されたのです。

今は、
観光業を始め多くの産業が本当に厳しい状態に置かれています。

「旅行できるくらい生活に余裕のある人」は、「自分がお金がもらえないのは不公平だ!」などと文句を言ってないで、全額自費でどんどん旅行し、富の再配分に貢献すればいいんです。

8.今回、いちばんかわいそうなのは?

もっともかわいそうなのは都内、そして熱海、箱根、日光、軽井沢といった関東の観光地の旅館でしょう。

京都だと、東京のお客さんがいなくても、関西、その他地域からの旅行客だけで賑わうことができます。

が、関東圏の観光地はその大半が首都圏の客です。しかも「高い宿」に止まってくれるのは、やはり東京在住の人です。

また、地方からの観光客が期待できなくなった都内ホテル等の打撃も甚大です。

実質的には東京に遊びに来る人でも、宿泊地だけは横浜や千葉の浦安など、他県のホテルを利用するようになるでしょう。

このため今回は「首都圏にある有名観光地の旅館やホテル」が「集中的に損害を引き受ける」ことになったと思います。


もうひとつ「めちゃくちゃかわいそう」なのは、旅行会社です。

こんなコロコロとルールを(しかも直前に!)変えられたら事務がもたないし、今後は、客の住所や年齢を公的な書類で確認するなど、新たな事務負担も生じます。

すでに JTBでさえ「冬のボーナスはゼロ」とか報じられているなか、小さな旅行会社では、今後は倒産も増えてくるかもしれません。

あと、豪雨に見舞われて、キャンペーンが実施されても観光客を受け入れられない九州の観光地や、米軍基地内の感染拡大で観光地としてのイメージが傷つきかねない沖縄もかわいそう。

もちろん、キャンペーンが適用になるとわかって、ここ1週間の間に「キャンセル不可条件で、高い旅館(や、そこに行くまでの飛行機など)を予約してしまった人」もかわいそうではありますが、まあ、こちらは仕方ないかな。

9.今回のゴタゴタの一番の問題

旅行会社の事務も大変なのですが、それより遙かに「悪い影響」があるのは、このキャンペーンの話と、移動の自粛の話が結びつけられてしまうことです。

もし Go to キャンペーンが中止になったとしても、「県をまたぐ移動」が禁止されてるわけではありません。

政府はずっと「県をまたぐ移動を自粛する必要はない」と言っていました。それは今も変わりません。

つまり東京の人も「支援金はもらえなくなるけど、他県に旅行にいくこと」自体を止めろといわれてるわけではないんです。

それなのに!

今回のゴタゴタにより、東京の人は全額自費で払う場合でも、他県に旅行しないほうがいいんじゃないか、という雰囲気を作ってしまいました。

これは観光業界にとって「大きなネガティブ要因」です。

特にこれから夏休み、お盆の時期を迎えるのに、その直前に「旅行や帰省自体」を控えさせるような空気を作ってしまったことで、今後の観光業界には深刻な影響がでると思います。


なお、小池都知事は以前から「都民の方には、他県への移動を控えて」と言ってますが、その一方で「他県の方も、東京には来ないで」とは言いません。

地方の知事の中には「今は他県から来て欲しくない」と言ってる知事がたくさんいます。都知事だって、目的が「コロナの地方への拡散防止」なら、同じことを言うべきですよね。

でもそっちは言わない。

なぜだって?

都知事の「県外に行かないで」発言の根底にあるのは「地方を守らなくちゃ!」という気持ちではなく、

「他県に旅行にいくのにお金を使うくらいなら、都内で遊んで消費してほしい」という、「都内の景気刺激のため」だからでしょう。

彼女は、今回のキャンペーンから東京が除外されたことについても、本音では不満に思ってないはずです。

都民の反発を買うのでポーズとして不満な表情は見せていますが、本音でいえば「東京の人に地方に行ってお金使ってほしい」わけではありません。

これは、日本全体ではなく「東京の利益をまず第一に考えるべき都知事の立場」としては、当然です。


以上、(またなにか思いついたらその時点で追記しますが) Go to キャンペーンについて「12歳の頃なら、わからなかっただろーなー」と思えることについて、まとめておきました。

このキャンペーンについては、今後もさまざまなプレッシャーがかかり、細部が二転三転することになるでしょう。

たとえば、「控えるように」とだけ言われている高齢者の団体旅行をキャンペーン対象から外すのか、対象のまま残すのか、など、今も水面下で激しい綱引きが行われていることと思います。

なので、上記エントリの内容は本日(7月17日)午後、あたしがブログを書いた時点で起っていることに基づいた考察である、という点はご理解ください。



そんじゃーね!

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