「親の雑誌」がもつ価値みっつ

<前回までのエントリ>
第一回 「話し相手を雇う時代へ」
第二回 「赤の他人と話す価値」
第三回 「“ちょっとしたバイト”から高スキル人材へ」


ここまで「週に何度か、電話で話すこと」を商品として売っている 株式会社こころみの“つながりプラス” について書いてきましたが、今日は同社が先日始めた新事業についてです。

新サービスの名は、「親の雑誌」  サイトでは“親史”という言葉も使われてます。


私も先日の訪問時に実物を見せていただいたのですが ↓


最初の訪問時や、週に 2回の電話会話で、引退した親御さんに自分の人生を語ってもらい、それを写真付きの雑誌に仕上げるというサービスです。

中身はこんな感じ。薄い雑誌ですが、なかなか本格的です↓


この新サービス、私は 3つの点でとても価値があると思いました。

まずはコレ、引退した高齢者に、ふたたび「やるべきコト」を与えてくれるんです。


下記は 『ゆるく考えよう』 という本にも掲載したグラフですが、

私たちが人生でやることは 3つに分かれていて、下図のように、それぞれの構成比が年代ごとに変化するんです。


つまり一般的には、年を取るにつれ「やる必要のあること」と「やりたいこと」が減り、「ヒマだからやっていること」が増加してしまう。

これが、生きがいや日々の生活のハリが感じられなくなる原因です。定年を迎えたお父さんとか、子供が独立した直後のお母さんなど、このバランスの急激な変化に巧く適応できず、戸惑う人が世の中にはたくさんいます。


そんな中、「自分の人生をまとめて雑誌を作る!」というミッションが与えられれば、もう一度「やりたいこと」や「やる必要のあること」を取り戻せるかもしれない。

そこが、このサービスの大きな価値だろうと思うのです。


今でも、自費出版や協力出版という形で、数十万円から数百万円ものお金を払って、自叙伝を作る高齢者がいます。

でもそれだと、「そんな多額のお金はないし・・・」「文章を書くのも苦手だし・・・」って人には難しい。それが、「話すだけで雑誌になる。しかも 5万円ぽっきり」となれば、記念にやってみたい人も多いのでは?


ちなみに、似て非なる(でも有望な)ビジネスとして、

子供の成長を記録した膨大な量の写真や映像と、何十年間も保管してきた小さい頃の子供の絵や作文などをとりまとめて一冊の本を創ってあげる」+「素材としての写真や作文は心置きなく断捨離してあげる」

というサービスも、めっちゃニーズ高そうですね。。。


★★★


「親の雑誌」がもつ二番目の意義は、これをたくさんの人が作るようになったら、「生き方のデータベースができる」ってことです。

私は過去に、こういうエントリを書いてるんですけど ↓
「ネット上に超クールな“職業データベース”が出来つつある!」

これの「人生の総集編バージョン」として、多彩な人の人生についてサクッと読める冊子がある程度の量、蓄積されると(そしてネットにアップされると)、時代考証的な価値がでてくると思うんですよね。


たとえば、私は 1970年頃の(日本がテロ国家だった)時代にとても関心があるのですが、

実際のところ、その時代を人がどう生きてきたのか、わかる資料はなかなかありません。


こういう時代に関して本を書いているのは、バリバリの活動家だった人ばかりだから、ごく普通のノンポリの学生さんが、そんな時代にどう生きていたのか、ってことを知るのは、とても難しいんです。

でも、今から「親の雑誌」を書く人って、大半は活動家だったわけでもなく、普通にその時代に学生だったり、働き盛りだったりした人なわけでしょ?

そういう「特殊な時代の普通の人」の人生をリアルに見られるデータベースって、すごく貴重なんじゃないかな。


将来ちきりんの世代がそういう雑誌を残し始めたら、「バブル時代ってどんな時代だったのか」、バブルを知らない世代の人にも伝えられるだろうし、もっと上の世代の人の「人生の雑誌」が作られたら、終戦直後や、前回の東京オリンピックの頃を生きた人の軌跡がたどれる。

もっと言えば、中国でそういう雑誌が作られるようになれば、「文化大革命って、つまり何だったのか?」ってことも伝わるようになるでしょ。

壮大な(=非現実的な)話をしてるのは重々承知ですが、こういう「特別なコトをしてきたわけではなく、かつ、自分で文章を書く能力も意思もない」という人の人生のデータベースこそが、歴史の記録としては、ほんとーに貴重だと(私は)思っているんです。


それにね。最初の話に戻れば、「そういう意義があるプロジェクトなんです!」って言えたら、話をする高齢者にとっても、より強く「やるべきコト感」が持てるでしょ?


★★★


「親の雑誌」の最後の意義は、“つながりプラス”みたいな電話サービスの導入に、すごくよい「建前」を与えてくれる、というコトです。

先日のエントリを読んだ人の中には、一瞬「自分の親にもコレいいかも?」と思いながら、次の瞬間には、「いや無理無理。うちの親は絶対こんなのやりたがらないから」って感じた人がたくさんいるはず。


人間ってのは、高齢になって子供に「寂しいでしょ? 毎日つまんないでしょ? だからお金を払って誰かと会話しましょう」とか言われても、なかなか素直に受け入れられるもんではありません。

実際にサービスを受け始めてみたら、週に二回、誰かが電話をかけてくれるということが、自分にどれほど大きな価値を与えてくれるのか、心から理解できるという人でも、

サービス開始前には「そんなもん要らん!」、「お金がもったいない」、「他人と話すことなんかない」などと言い張るのが人間の常なんです。


ところが、「オヤジ! 古希のお祝いに自分史サービスを申し込んでおいたよ。週に二回、電話で話すだけだから、気軽にやってね。できあがったら息子(本人から見て孫)にも読ませたいし!」みたいに伝えられたら? 

親側も格段に受け入れやすくなるし、子供の方も気軽に勧めやすくなるでしょ?

つまりコレ、「電話会話サービスの、極めて健全で受け入れやすい“導入の建前”としての価値」が、ものすごく大きいんだよね。


「定期的に会話する」みたいなサービスには、これからの超高齢化社会において、大きな価値があることは明白です。

唯一、最初の導入ハードルの高さがチャレンジだったはずなので、「親の雑誌」は巧くその部分をカバーしてくれる。

あと、 ネーミングが「親の雑誌」ってのもおもしろい。これって完全に子供目線の名前だもん。親(本人)目線なら「俺の雑誌」になるはず。


★★★


というわけで訪問した“こころみ”のオフィスは、社長のデスクに段ボールがデーンと載ってるなど、「いかにも立ち上げたばかりの会社」って感じでしたが、いろいろお話しを伺って、私もとても勉強になりました。


この分野は有望であると同時に、ものすごいたくさんの企業が目を付けている分野でもあります。

おそらくこれからは、全国にネットワークを持つ日本郵政やヤマト運輸、コンビニやイオングループ、タブレット関係企業(アップル、IBM, NEC 富士通など)やロボット関連企業(グーグルやソフトバンクなど)にセコムまで、様々な業界から「高齢者と日常的に話したり、触れあうビジネス」への参入が相次ぐでしょう。

そんな中、社員数人の会社にどんな価値が提供できて、どう成長していけるのか。その道を見つけるのは簡単ではないと思うけど、ぜひ頑張って欲しいです!



 そんじゃーねー



 <上記グラフに関する過去エントリ>
  ・http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20061012
  ・http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20061013
  ・http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20061014


http://d.hatena.ne.jp/Chikirin+shop/