ヨハネスブルグ周辺には、アパルトヘイトに関する多くのミュージアムがあります。
いちばん大きいのがアパルトヘイトミュージアム
入り口が、白人用と非白人用に分れています。もちろん私は「非白人用」から入りました・・・
もうひとつ重要なのが、ヘクターピーターソン・ミュージアム。抵抗運動の中、白人警察官に射殺されたもっとも若い犠牲者を弔う資料館です。
こちらのレジーナ・ムンディ教会はとても有名で、ミシェル・オバマ夫人も訪れ、演説されたとか。
当時、警官等はこの教会の中で発砲し、多くの黒人らを射殺したそうで、今でもあちこちに銃跡が残っています。
次はネルソンマンデラ・ミュージアム、もともとマンデラ氏が住んでいた家です。
マンデラハウス自体は小さいので観るのに時間はかかりませんが、この付近はお土産屋さんやカフェなども多く、とても賑やかです。
★★★
ここからはヨハネスブルグの中心街を観てみましょう。
南アフリカ最大の経済都市、ヨハネスブルグには、さまざまな景色が混じり合っています。
こちらは高層ビルが並ぶ古くからのビジネスエリア
新しいビルのほか、
植民地時代から残る欧州諷のビルもあちこちに。
夜景はこんな感じ
住宅地は格差が大きく、下記はアパルトヘイト当時、白人だけが住むことを許された白人居住区で、いまでも白人を中心に、超富裕層が住む大邸宅が建ち並んでいます。
こういったエリアには素敵な美術館があったり、
こじゃれたレストランも多く、
金箔の乗った寿司など、
多国籍なお料理が楽しめます。
ショッピングセンターも大賑わい
一方、黒人が強制的に移住させられたエリアには、いまだに多くのスラム地域が残っています。
アパルトヘイトが終わり、初めて黒人にも投票権が与えられてマンデラ氏が大統領になったのが1994年。
実はまだ30年しか経っておらず、黒人の失業率はなんと 40%にも上ります。
法的な差別は無くなったけれど、まだまだ経済的、社会的な格差は膨大なのです。
※私はこれらのエリア&家の中を案内してもらうことの対価としていくばくかのチップを払いました。
★★★
今回は移動をかねて郊外の街もドライブしています。
いまでも道端にはこんな感じの露店が多いことは多いのですが、
少し走るとけっこうな頻度で下記のようなショッピングセンターを見つけることもできます。
ちかくの道では学校に通う子供たちも多くみかけたので、郊外の中間層がすこしずつ育ってきている様子も感じられました。
地方空港もキレイだし、
国内線のエアリンクは(4度利用しましたが)すべて予定時刻通りに発着。アメリカの国内線より遙かに信頼できます。
電気自動車スタンドも見かけましたが・・・車がボコられてました!
これはサッカースタジアムかな。
なかなかヤルじゃんと思ったのがこちら。
木のように見えるのは実は携帯の基地局。景観のため、フェイクグリーンを巻いて、木のように見せてるのだそうです。
空港の書店には経済や政治の本がたくさんありました。
マンデラ氏やオバマ氏など黒人リーダーの本とアフリカ経済についての本が多いかな。
「この国をなんとかしろ!」的な本も多いので、政治や経済に関しては課題感も大きそうです。
そして最後にひとつ、ぜったい観るべきテレビ番組をひとつ紹介しておきましょう。
映像の世紀 バタフライエフェクト 「奇妙な果実 怒りと悲しみのバトン」
黒人差別というのが、どれほど過酷なものだったのか、恐ろしいほどによくわかる番組です。
そしてそれはアフリカというより、むしろアメリカなど先進国でより根深く残っているのかもしれません。
<音声配信 Voicy でも今回のアフリカ旅行について語ってます!>
→ 第一回 南アフリカに行ってきた!
→ 第二回 南アフリカでアパルトヘイトの歴史を学ぶ
→ 第三回 南アフリカの経済について現地で感じたコト
→ 第四回 インターネット時代に旅する意味