権力による不作為犯罪

車の運転中に人を殺してしまった場合は、業務上過失致死罪が適用されます。

・ちゃんと練習して資格(免許)をとってやっている行為(=運転)だから、「業務上」
・殺す気(意志、故意)はなかったから「過失」
・でも死んじゃったから「致死」ってことです。


ちなみに、「業務上」でない「過失致死罪」とは、駅の階段をおりようとしたらつまずいて、前にいる子供にぶつかった。と、その子供がころげおちて打ち所悪くて死んじゃった、というようなケースですね。車の運転というのは、階段おりる、というような日常的な動作ではなく、「十分に注意して行うべき行為」だし、「免許が必要な特別な行為」。だから「業務」。(「何が業務か?」というのも議論多々あります。)

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さて、この業務上過失致死罪の、懲役は最高5年です。

基本的に「故意」のない罪ってのは、結果的に人を殺したとしても、たいして重くありません。懲役は最高5年と言っていますが、普通の交通事故・・・たとえば・・・

「夜道で見えなかった人や、飛び出してきた子供がよけられなくて事故発生→被害者死亡。運転手はすごく反省しているし、保険もおりたし、もちろん運転手は今まではゴールド免許で・・・」というような事故では、普通は執行猶予がつくので、牢屋にはいる必要はありません。


これはまあ合理的かな、と思うんです。だって、仕方ないことはあり得る。避けられない事故はある。それなのに自動車事故で「殺人罪」って言われて死刑になったりしたら、車を運転する人は堪らない。仕事で車を使わざるをえない場合もあるし、田舎では車は必須の移動手段。どんなに気をつけていても、一定数の事故は起こる。

自動車というのは、そもそも凶器。それを世の中に存在させ使用しよう、というのは社会の合意。自動車を受け入れる社会、というのは、事実上、一定数の事故、それにともなう命の喪失は、「仕方ない」と考えている社会、ということでしょう。なので、自動車事故を全面的に個人の罪にするのは問題がある。それはわかる。


さて、何年か前に起こった事故。酔っぱらい運転のトラックにぶつかられて子供を殺された被害者が運動を行い、「危険運転致死罪」というのができた。最高刑は懲役20年。(併合罪なら30年)。既にかなりの適用例がでています。


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疑問点が3つ。

(1)なぜ殺人罪適用ができないのか?
(2)なぜ被害者が多大な自己犠牲を伴い運動するまで、その危険運転致死罪という法律さえ作られなかったのか?
(3)運転手以外にも罪を問うべき主体があるんでないの?

の3つです。


(1)世の中には、日常的に酔っぱらい運転を繰り返している人、無茶な量のお酒を飲み、泥酔状態で運転して人を殺す人もいます。というか、そういう人が起こす交通事故少なくないのです。これって「殺人罪」ではないのでしょうか?

危険運転致死罪ができてからはまだともかく、それまではずっと最高刑5年の業務上過失致死罪で裁いていたなんて驚きです。


(2)これも変でしょ。なんで被害者があそこまで頑張らないと法律って変わらないの??刑法学者は勉強だけしてればいいのか?法務省は、被害者が動かないと、いつまでも変な法律を放置して問題ないのか?*1不作為による殺人罪だよ、彼らも。とちきりんは思います。


(3)もうひとつ、交通事故の責任がある人がいる。それは、「運送会社」です。特に居眠り運転による事故に関しては、高速道路ででかいトラックの運転手をしている人にも多い。理由は無茶苦茶な運送スケジュールを強いられているからです。

真夜中の東名なんて大型トラックだらけです。そして多くの物流トラックの運行スケジュールは、「不可能でしょ?」みたいな短い時間で到着することを前提として組まれている。これじゃあ、十分な休息をとるのは不可能、と思えるスケジュールです。居眠り運転は「不可避」みたいなスケジュールです。こういう運転をさせている運送会社には何の罪もないのか?一個人である運転者だけの罪なのか???


これ一番難しい問題です。法解釈上の問題というより、超パワフルな「抵抗勢力」が存在するから。

誰?

大手メーカーです。・・・「財界」・・・という人たちです。

大半のメーカーの商品が、そうやって日本国中を駆けめぐっている。物流コストはメーカーにとって「利益をどれだけだせるか?」ということの要でもある。運転手のスケジュールにゆとりをもたせたら、一気にコストが跳ね上がる。財界は絶対に「運送会社の責任を問う」ような法改正に反対するだろう。と思う。

でも実際にはこれが一番問題だと、ちきりんは思ってる。なぜなら、これは「構造的な問題」だから。「仕組み的に居眠り運転が不可避な制度」だから。「たまたま」ではないのです。毎日毎日、極めて多くの大型トラックが、無茶なスケジュールで走っている。夜の東名を走るなんて、死にに行くようなもんです。

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もひとつ。逮捕監禁罪。

新潟で監禁されていた少女の事件。9歳から9年以上、監禁されていたのに、逮捕監禁罪の刑罰は最長で5年。この法律、論理的におかしいよね。だって、「あかちゃんの時に監禁をはじめて、死ぬまで監禁してました」ってあり得るでしょ。今回は9年だけど30年監禁するってのは、論理的かつ現実的にありうる。それなのに、なんで最初から刑罰が「3月以上5年未満の懲役」などと決まっているわけ??

「監禁した期間の倍の期間までの懲役」とか、もっと重い刑罰(無期懲役とか死刑とか)を加えるべきでしょう。どうして、ここまで明らかに変な法律が放置されているの?


上のケースでは、併合罪という概念をつかって(複数の罪を犯したら罰も重くなります、というルール)、逮捕監禁罪のほか、傷害罪と窃盗罪を併合させ、15年の懲役の求刑。一審は14年の判決をだしました。

しかし、これがまた変。

まず、傷害罪はわかる。9年も小さな部屋にいたのだから、心なり体なり「傷害を受けた」と言えるでしょう。しかし、窃盗なんて、パンツ盗んだ、とかです。これはもう「併合罪にして、罰を重くさせるために、とにかく罪を見つけてくっつけた」という感じです。こんなことを認めたら、検察はいくらでも「嫌いなやつ」を長く牢屋にぶちこめます。

「万引きしました、そのとき、爪が本棚にひっかかって、本棚の塗装がちょっとはがれた」ってのを、「窃盗罪」だけでなく「器物損壊罪」との併合です!とか言ってるようなもんです。客観的に見て「言いがかり」、難しく言えば「権力の乱用」です。

上記のケースでは、一審は「15年の求刑、14年の判決」だったけど、「変だ!」という控訴により高裁では判決が11年となりました。今は最高裁に行っていると思います。いずれにせよ、罪は15年以上には絶対なりません。

こんな言いがかりみたいな起訴・公判をしなくても、9年も他人を監禁して、一人の女性の青春を奪ったあほんたらあを、一生牢屋にいれておくくらいのことはできる刑法に早く変えたほうがいいでしょうが。



個別の問題ではなくてね、こういう古い法律をそのままにしておくという、専門家や立法府の「不作為」が問われないことが、一番問題だと思う。


んではまた。


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追記)平成19年(2007年)に刑法改正が行われ、自動車運転過失致死罪が業務上過失致死罪に変わって適用されることになりました。最高刑は懲役7年です。

*1:理屈的には立法府である国会の責任