危険度の推定

先日書いた「インフルエンザの危険度」=「感染拡大度合い」×「毒性の強さ」という話に関して、そりゃそーなんだけど、でもじゃあなんでWHOはこういう基準にしないのかといえば、多分「毒性レベル」の判定がそんな簡単ではないってことなんでしょう。

この点はいろいろ報道を見ていて、「確かに難しいなあ」とちきりんも思った。ので、そのあたりちょっとまとめておくです。



先日のちきりん表の横軸には毒性レベルを表すものとして“致死率”を使ったけど、この“率”系の数字はこれに限らず扱いが難しい。

トヨタの売り上げが20%伸びたらすごいと思うが、始めたばかりのネット販売サイトの売り上げが80%伸びたからと言っても、前年がひどすぎるだけ?とも思う。

加えて“率”ってのは“分子”と“分母”で計算されるが、この二つは別の要素で動く。よくイチローが「打率はコントロールできる指標だから目標にできない」って言ってるのと同じ。


たとえば、WHOによると2003年以降の累計でH5N1型(鳥インフルエンザ)の感染者数は424人、死亡者数は261人。つまり鳥インフルエンザの致死率は62%。これが「鳥インフルエンザがやばい!」という理由の一つなんですが・・・うーむ。だよね。

通常の季節性インフルエンザは毎年、日本だけで1000万〜1800万人が罹患していて、亡くなるのが1万〜1.5万人くらい。こちらは致死率0.15%未満。この「424人」という数と「1500万人前後」という感染者数を同列に扱って致死率を比較し、“どっちが危ない”と本当に言えるのか。

どの国でも感染症を疑われて「亡くなったら」検査をするだろう。だけど一定レベル以下に貧しい国では高熱がでても病院に行かない人はいくらでもいる。鳥インフルエンザが強毒性であることを否定するわけではないが、その感染者数がホントに「424人」なのかってのは微妙なところだ。


これは今回の豚インフルエンザも同じ。メキシコは死者80名÷感染者4174名=1.9%と2%に近い。ところが次に死者の多いアメリカでは10名÷6552名=0.15%と致死率はいきなり10分の1以下になる。

なんでこんなに違うのか。ウイルス自体は遺伝子レベルで同一と判明しているわけだし。メキシコの感染者数の補足率が低いと考えるのが最もありそうな仮説ではあるまいか。


というか、今回のウイルスが(おそらく)実態以上に怖がられた理由はここにある。最初に感染が拡がった国が先進国じゃなかったから致死率が非常に高く出た、ってことだ。

メキシコでは病院にやってくるのは“死にそう!”になった人ばかりで、“寝てれば大丈夫”というレベルの人は“いつものように”病院なんか行かずに家で寝てたんじゃないかと。なので病院の中だけで見れば「ものすごい強毒性」という感じがしてしまったのかな、と。


怖れられている強毒性の新型インフルエンザは東南アジアからでてくるだろう、というのがおおかたの予想だと思うが、それだって実際以上に「すごい高い致死率だ!」と驚愕するような数字で登場するんじゃないかな。

上の例だと致死率6割ですからね。こんなのそのまま報道されたらパニックだよね。まさに殺人ウイルスって感じだ。

反対に日本みたいに熱がでたらすぐに病院にいくし、医者もすぐにインフルエンザを疑って検査するしタミフル使いまくる、みたいな国では致死率は他の国が参考にするのは危ないくらい低くでる可能性もある。(いや実際低いってコトなんだけど。)つまり「感染者数は調べれば増える、調べなければ増えない」ってことだ。


もうひとつ。悪名高き「スペイン風邪の死者が、1918年当時、世界人口18億人の時代に6億人が感染し、5000万人の人が死んだ=致死率8.3%」という話も解釈が難しい。

今と違って交通機関も発達していない時代にこれだけの感染をしたというのは驚愕だが、当時は今のような検査体制も治療薬もなかっただろうし、多くの人が医療のカバー範囲の外にいた。栄養状態、衛生環境も今とは全く違う。上下水道が整っている時代かどうかで感染症の広がり方が大きく異なるだろうと思うし、医療のレベルも違う。

結核も感染症だと思いますが、薬が手に入る前と後の致死率は大きく違うわけで。


つまり、致死率に影響を与える条件要素はいろいろあるってことだ。

たとえば、薬が効くか、予防接種が存在してるか、免疫のある人がどの程度いるか、などにより、最初のウイルスが同じであっても(同じ毒性であっても)、結果としての致死率には大きな差がでると思う。

今回も高齢者の患者が少なく、なんらかの免疫を持っている可能性が指摘されていたけど(昔流行ったインフルエンザと共通点があるからとか。)、たとえば特定の国の人だけがそういう免疫を持っていたとする。昔そのエリアで同じようなものが流行ったことがあるとかでね。

すると、もし次のインフルエンザがその国で流行った場合、その国での感染者数、死者数、その率、などは、必ずしも(免疫を持つ人がほとんどいない)他国では参考にならない。安心してるとひどい目に遭うかもしれない、わけだ。

★★★


というわけで、ざっと考えただけでも致死率に影響を与える要素として、


<ウイルス自体の毒性の強さ>
・H○N○型
・病気としての特徴、ウイルスの強さ(この辺、ちきりんはよくわかりません)
の他に、


<環境要因>
・時代(衛生レベル、医療レベルの違い)
・国の経済レベル1(平均値)
・国の経済レベル2(貧困層の数、率)
・発生時期(夏か冬か)


<治療体制>
・薬の有無と効果
・ワクチンの有無と効果
・免疫のある人の率


などがあり、これらが致死率を大きく(おそらく致死率の“桁”を)変えてしまう。致死率10%と1%って全然違うでしょ。1%と0.1%もね。でもそれくらい違う数字がでるわけですよ。いろんな外部条件によってね。


★★★

で、じゃあ危険度をどう表すのか、判定するのか。上記の項目をすべて取り入れた方程式を作って・・とか言ってると結局ごちゃごちゃになってしまう。と考えていて、ちきりん的に一番公表して欲しいと思うのは、下記のような事例の絶対数かな、と思った。


・先進国にずっと住んでいた人で(旅行者とかを除く)
・持病のない
・15歳以上60歳未満の人で、
・一般的な医療を受けた人のうち
・死亡した人の数


この情報の方がメキシコでの死者の数より参考になる。アメリカでも死者がでてるけど、確か最初の死者は“メキシコから帰ってきた赤ちゃん”と報道されてた。そりゃーねえ、と思う。NYで教師の人が死亡したらしいが、この人が健康体であったのかどうか(持病があったか)などが報道されてないので、解釈が難しい。

たとえば今回の豚インフルでは、上記の条件に該当する死者はひとりでもでているのだろうか?


実はこういう情報ってあまりないよね。季節性インフルエンザだって毎年1万人が日本で亡くなっている。多くは高齢者や持病のある人だと言われているけど、実際のところその1万人のなかに、上記の条件の人(健康体の成年で、ふつうに医療を受けていたのに亡くなった人)はどの程度いるのか?ってのはよくわからない。

ちきりんは別に「弱者が死ぬのは仕方ない」と言ってるわけではありません。ではなくて、「健康な成年が医療を受けても死ぬ」ってのは、レベルの違う危険だと思うのですよ。先日の表でいえば、横軸の右端の“E”に分類したいのは、致死率ではなく、そういう毒性なのかどうか、ということだ。

上に書いてきたように、致死率ってのは、文化や経済状態も併せた複合要因での“結果の数値”に過ぎないわけだから、“他への推定”の源として使いにくい数字だよね。根源的なウイルスの毒性の強さを表す数字じゃない。

本当は“根源的なウイルスの毒性”レベルがわかり、それに自分の国や個人個別のリスクファクターを乗せていって、それに応じてそれぞれの国や人が対策の判断をする、というのがいいんじゃないかと。

そしてその“根源的な毒性”を一番推定しやすくなる数字が「まともな栄養状態でまともな衛生環境に住む、健康な成年で、治療の甲斐無く死んだ人は何人いるの?」ってことかな、と。


こんなん知りたいと思うのは、ちきりんくらいなんですかね。まあ個人情報とかもあるんで公表しにくいのかもね。いずれにせよ今回の騒ぎはいろいろ勉強になることが多いです。



そんじゃーね。