JALの自主再建で得する人達

今度は空港政策の話が話題になりつつありますが、先日に引き続き、JALのお話。

前原国土交通大臣が、JAL問題で繰り返し強調するのが「自主再建する」という言葉。この“自主再建”(or“自主再生”)とはどういう意味なのか?なぜ前原大臣はこの言葉を何度も繰り返すのか、まとめておくです。


まず“自主再建”の裏側にある言葉はなにかというと“法的整理”です。このふたつの違いは「関係者が自主的に痛みを分け合う」か、「法律により強制的に、責任のある人に痛みを引き受けて貰うか」という違いです。

「倒産するとJALの飛行機は飛ばなくなるのでは?」とか「マイルを使い切っておいた方がいいのか?」と思う人もいるかもしれませんが、911の後、何度も潰れている(=法的整理を経た)アメリカの飛行機会社でも、そんなことは起こってないです。

日本においても、「自主再建」でも「法的整理」でも、マイルの扱いや飛行機の運行に大きな違いはないと思われます。法的整理だからといって一般のユーザーや顧客が困ったり、ソンをするわけではないのです。では、このふたつの方法は何が違うのでしょう。

ここではJALが法的整理を避け、「自主再建することで得をするのは誰なのか?」という点をまとめておきましょう。



自主再建で得する人 その1
最も得するのは“株主”です。法的整理では株式の価値はゼロになります。文字通り“紙くず”になるのです。ところが自主再建なら一時期、株価が下がっても、税金などが投入されて会社が再建し、将来成功すれば株価はまたあがります。株はその後に売却してもいいのです。たとえ“減資”が行われても(100%減資でないかぎり)株主の持ち分は残ります。

JALが法的整理を避け、自主再建を選んでくれれば、最も得するのはJALの株主でしょう。リスクマネーの出し手なのに税金で助けてもらえるという非常に美味しい選択肢、それが「自主再建」という方法です。



自主再建で得する人 その2
退職済みの人を含むJALの正社員です。法的整理をすれば、退職後の正社員がもらっている企業年金は、その約束をいったん反故にされる可能性が高いです。大企業の企業年金は(この低金利時代に!)年率5%など高金利の場合も多いのです。

自主再建の場合、この金利は、年金をもらっている本人達が同意しないと変更できません。しかし法的整理なら原則として「いったん高金利契約は“無かったこと”にして、今後どうするか話し合いましょう」となります。したがって元正社員は当然、強く「自主再建」を望みます。

現在の正社員はそれに加え、「自主再建」であれば雇用契約も維持されるし、給与の削減も労組の代表者が経営者と交渉しつつ決めていきます。

しかし法的整理が行われれば、現存の雇用契約は「いったん白紙。必要に応じて再雇用・再契約」が原則的な考え方となります。再雇用されない人や、されても大幅減給になる人も増えるでしょう。

このように、高い年金を受け取っているJAL正社員OB、現時点でのJALの正社員、そしてその代表団体である労組にとっては「自主再建」は「法的整理」より圧倒的にありがたいです。



自主再建で得する人 その3

銀行を除く債権者が得をします。多くはいわゆる“納入業者”です。彼らには支払いがまだなされていない、しかし納入済みの商品やサービスがたくさんあります。

法的整理が行われると、基本的にはすべての債権は法律に則って優先弁済順位が決められます。担保もない一般取引の債権は優先順位が低いので支払いがカットされる割合は非常に高く、それらの代金を支払ってもらえないと、中小の納入企業は大きな打撃を受けます。いわゆる“連鎖倒産”もありうるでしょう。

これらの納入企業の中には多くの天下り役人が“理事”“役員”として働いています。彼らは数年後に数千万円の退職金を得られます。しかしJALが法的整理をし、自分の(せっかく)天下った会社が潰れると、さすがに退職金はもらえません。なので彼らは“法的整理なんて絶対嫌だ!”と思っています。

一方の自主再建の場合、大規模な銀行がより大きな損をかぶる場合が多く、小規模債権者である納入会社への支払いはある程度“配慮”してもらいやすいです。なので、彼ら(天下ってる役員含む)も、強く「自主再建」を希望しています。



自主再建で得する人 その4
メガバンクも自主再建の方が有利だろうなと思います。

JALに貸し付けている大口金融機関は、政策投資銀行と3つのメガバンクですが、政策投資銀行が圧倒的に大口です。自主再建になって「話し合いでどの銀行がいくらソンするか」を決める場合、役割からいっても政策投資銀行が最も大きな損を引き受ける可能性が高いです。

一方の法的整理であれば、政策投資銀行と民間の銀行の債権は基本は平等に扱われ(特別な融資条件があれば別です)、同じように減額されます。つまり、民間の銀行とその株主にとって、自主再建の方が法的整理よりおそらく有利でしょう。


★★★

というわけで、前原大臣が「JALは(法的整理にせず)自主再建を目指す。」と言うたびに
・JALの株主(政府、銀行、大手保険会社や年金基金などの機関投資家や、大口株主)
・JALの正社員(OB含む)、その集合団体の労働組合
・JALの取引先とそこに天下っている元役人
・メガバンクの経営者とその株主

は、前原大臣を応援したくなるでしょう。



ちなみに、もちろん、ちきりんは前原大臣が「自主再建」を強調しまくっていることは「とても正しいこと」と思っています。

彼が自主再建を目指すと言わなければ、すなわち、担当大臣が「法的整理を検討する」と言ったとたんに、世の中は大パニックになります。

政策投資銀行が融資をしているのに法的整理をするというのなら、民間銀行の多くが、他の「政策投資銀行融資」が入っている(=既に民間からはお金が借りられない状態になっている)企業からの融資を引き上げ始めるでしょう。それは多くの大型倒産の引き金になります。

大量の失業も発生するし、潰れる前に自主的に退職してとりあえず退職金だけ先に確保しようとする天下り理事の人さえでてくるかもしれません。JALとの取引をやめようとしたり、現金取引にしか応じない、納入企業もでてくるでしょう。(海外の保険会社が既にいったんそういう動きを取りました。)

そんなことになればJALだけではなく日本の株価は再度大暴落し、立ち上がったばかりの政権は足下から揺らいでしまいます。すなわち、“リーマンショック”ならぬ“ジャルショック”が起る恐れがあるのです。だから前原大臣は「自主再建」を悲痛なほどの頻度と緊張をもった声で繰り返し、強調しているのです。


国民の皆さんは納得できないかもしれません。ものすごい額の自分達の税金を投入してJALの法的整理を避け、株主や銀行、高給・高年金の正社員達を助ける。なんでそんなことを?本来やるべきは「法的整理」のはずじゃないか!


・・・それでも担当大臣は「自主再建」にこだわらねばならないのです。


なんのために?


「日本経済のために」です。
「全体最適のために」です。




うーむ。



そういえば、全体最適についてはこちらのエントリをどうぞ。
全体最適 vs. オレ様最適



そんじゃーね。