暗い暗い暗い一年に臨もう

鳩山首相も長妻大臣も年の瀬まで、そして正月早々から“公設派遣村”の視察に忙しそうだった。一年前の正月に自民党の総理がそんなことをしていた記憶はないから、様変わりといえば様変わりだ。

一方で正月から多数の国会議員を自宅に集めて挨拶させてた小沢氏の正月は、昔の田中角栄家の正月を彷彿とさせる。この“新旧対比”はなんとも味わい深く、政治の現実は作り物の小説を圧倒するほどおもしろい。


ところで鳩山首相の派遣村視察のニュースには“相談”という言葉がやたらでてくるのであるが、あれはいったい何を相談しているんだろう。

・そもそも紹介できる仕事もないのに“相談”ばっかりしたって、意味ないのでは?とか、
・返せる当てもない人に“貸付金”制度とかいって借金させてどうすんだろ?とか、素朴に疑問です。

求められているものは本当に“相談”窓口なのか?“貸付金”なのか?

ちきりんが見る限り、求められているのは“相談”ではなく“仕事”だし、彼らが求めているのは“貸付金”という名の“借金”ではなく、まともな“衣食住”なんじゃないかと思えるけどね。


鳩山政権の国家戦略は、GDPを10年後の2020年度までに、今の470兆円から180兆円増やして650兆円にすることらしい。(これは戦略とは呼ばないよね。目標です。)

そもそも「友愛精神に基づいた人間のための経済」とかいいつつ、何で目標値をGDPという基準でたてるのか、それがわかんない。“人間のための経済”を計る指標は、貧困率でも失業率でも出生率でもなく、やっぱりGDPだと言うわけね。母親から「あなたには友達にやさしい人になってほしいわ。じゃあ、3年後の目標は偏差値70にしましょう!」と言われてる気になるですよ。


民主党連立政権の成立から4ヶ月、はっきり見えてきたことは、この政権は“トランジション政権”だということ。自民党政権は余りに長すぎた。自民党の構築した政治システムは日本の大都市から小村までの津々浦々、国から市町村のレベルまで、企業から労組まで、体の隅々にいきわたる毛細血管のように、この国のすべての組織や団体に浸透している。

その仕組みをトコトンぶち壊し、その上で新しい仕組みを導入する必要があるのだが、その前半のプロセスに関しては、いわゆる“ぶち壊し屋”と呼ばれるひとりの男が次の参院選、統一地方選挙に向けて粛々着々と手を打っている。

問題は、その後に導入すべき“新しい仕組み”なのだが、それがどういう方式なのか、について、国民はまだ決断も判断もできていない。そして私達がそれをきちんと理解した上で主体的に選ぶためには、このトランジションの期間が実は非常に重要なのだ。


小泉・竹中氏の時代に日本は“構造改革”をやろうとした。その第二の道に国民はNOと言った。それなら第三の道とやらはトコトンそれとは異なる道にしてみるべきだ。そうして初めて私達は、本当にそっちに行きたいのかどうか、それがほんとのところどんな道なのか、さらには「そんな道が本当に存在するのか」について理解することができる。

ちきりんは「今年の一年」の間、日本がずっと下降線をたどることになっても、それはそれでいいと思っている。人々が支出を抑え、デフレスパイラルがますます明らかになり、税収はより落ちこんで、雇用も全く上向かず、ホームレスと新卒無業者が再度大量発生し、生活保護数が今の倍になり、加えて企業がアジアに逃げ出しはじめて・・・というようなことが起こっても、それは日本の将来に“必要なプロセス”なのであろうと、ちきりんは思ってる。


というわけで、年始早々あえて書いておこう。

ちきりんは今年「暗い暗い暗い一年をも、迎える用意がありますよ」と。





そんではね。



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<本日の一冊>

ところで、毎度おなじみの“ちきりん流おちゃらけ記法”が(本気なんだか、皮肉なんだか、不真面目なんだか、自分だけは大丈夫などと高をくくってるんだか)なかなか理解しがたい、と思われる方のための一冊。

古典的名作なので内容はもちろんですが、表現方法が卓抜。おちゃらけ社会派としてのちきりんは、こういう作風をめざしております。

動物農場 (角川文庫)

動物農場 (角川文庫)