キャリア形成における「5つのロールモデル」メソッド

先日、「エンジニア人生のリアル」というエントリで、フラッシュメモリ関連の研究者である竹内健先生(中央大学教授)の御著書を紹介しました。

またそのご縁により、竹内先生と対談もさせていただき、内容がダイヤモンドオンラインに掲載されました。こちらも好評で、合計80万PV近い閲覧があったそうです。


その対談の中で私は、エンジニアのキャリア形成について、下記のような考え方を述べています。

私はエンジニアの人に、キャリアのロールモデルを5つぐらい提示して選んでもらったらいいんじゃないかと思ってるんです。


たとえば、第一の道として、「この分野に関してはコイツの右に出る奴はいない」みたいなオタクエンジニアになる道。狭く深い知識で生きていくことになるから社内での出世は難しいけれど、ノーベル賞を取るぐらいの勢いで頑張る人なら挑戦していい道だよ、と。


2つめに、そこまで高い技術力はもっていないけれど、トレンドに合わせて売れる商品を器用に開発していくという売れっ子エンジニアの道。


3つめは、エンジニアとしては「まぁ、ちょっとね」という人でも、マーケティングや営業をやらせると、技術のバックボーンを活かして他の営業マンとはひと味違う営業をやります、という道。


4つめに、もっと大きくマネジメントとか人を動かすことにセンスを発揮する人、ビジネススクールに進みたいという人。最終的には経営者を目指すという道ですね。


さらに5つめとして、エンジニアとしてベンチャー企業を興してみるという道です。


 工学部の学生に、最初から「君達エンジニアには、最終的にこういった5つの仕事があるから」といった説明をするんです。


 エンジニアとして生きて行くにはどんな道筋があるか、それがおぼろげにも見えていれば、たとえ入社時点ではどれが自分に向いているかわからなかったとしても、30歳にもなれば見えてくるでしょう。


 「俺は 5つのうち、どれに向いているエンジニアかな?」と考えながら必要な勉強を積んでいくことは、エンジニアのためにも、会社のためにもなりませんか?

実はこれ、ちきりんはエンジニアだけではなく、ほぼすべての人に必要な考え方だと思っています。それは一般化すれば下記のように言えます。


<キャリア形成における5つのロールモデルメソッド>


(1) 最初に職業を選ぶ際、そのキャリアが将来、どう分岐していくかという選択肢のバリエーションについて机上で学んでおく。イメージを持っておく。


(2) 実際に3年から5年、働いてみる。


(3) 自分の適性、能力、意向(好き嫌い)に応じ、自分はどのモデルを目指すか決める。


(4) 選んだ道に必要な経験やスキルを得るために、進むべき道や働き方を調整していく。


エンジニアの例は上記に書きましたが、医者や弁護士、薬剤師や会計士と言った資格職でも実際の働き方には様々な選択肢があり、ロールモデルは5つ程度のバリエーションに分けられます。これは、銀行員や経理担当、営業担当といった文系一般のビジネスパーソンでも同じです。(下記が例です)

(1)新卒時に入社した企業で経営者を目指すべく、様々な部門を経験しながら、政治力も身につけて上を目指す


(2)新卒時に入社した企業で働き、経営者は目指さないが、一貫した分野でのキャリアを極める。(役員候補以外は本社に残れないので)その企業を去った後も、中小企業や新興国で自分の専門分野を活かした仕事を続ける。


(3)専門分野(たとえば営業)において、様々な経験を積むため、何年かごとに業界や会社を変えながら、市場横断的な営業スキルを身につける。時には畑違いの分野でも、「営業」という機能スキルを活かしてチャレンジ。外資系企業などから「営業チームヘッド」として誘われるようなプロを目指す


(4)どこかの段階で離職し、営業代行、営業スタッフ教育サービスなどを請け負う自営業者となる。営業スキルやノウハウについて講演や執筆を行い、自分の身につけてきた経験値の伝道者を目指す


(5)「技術」や「運営」スキルをもつ仲間と起業し、自分は「営業」部分の担当者としてゼロから会社を興し、大きくすることにチャレンジする。最終的には営業全般を担当する「経営者」を目指す


ここですべての職業の「 5つのロールモデル」を私が具体的に書くことはできませんが、それぞれの分野で 3年から 5年働いた人であれば、誰でも(ほんのちょっとばかし「自分のアタマで考えれば」、)それを言語化するのは難しくないはず。


どの職業を選んでも、「ひとつの職種の中には、5つくらいのロールモデルがある」んです。しかし学生時代にはそれが見えません。本当はそれを教えてあげるのが、大人や教育者の努めです。

しかしそれが期待できないなら、自分で考えればいいのです。3〜5年も働けば分かる話なのですから。

もしくは、既にそれが見えている諸先輩方は、ぜひ「この職業には、こういった複数のロールモデルがあるんだよ」と、ご自身のブログにでも書いてあげて下さい。

それを「スゴク役立つ!」と思う若い人は日本中に大勢いることでしょう。


キャリア形成とは、こういうふうに先行きの選択肢を見極め、自分はどの道を選ぶかを意識的に選び、さらに選んだ道に必要な軌道修正や調整をしていくことを言うのです。

「どこの会社に入るべきか」「どの職業をえらぶべきか」なんてのは、新卒の“就活レベルの質問”であって、キャリア形成とは呼べません。

しかもこれまで昭和時代の会社員は、この「キャリア形成」を自ら行うことを放棄し、会社に(会社の辞令に)それを任せてしまっていました。

だから今のその世代の人には、これらを考えたことのある人がごく少ないのです。(考えたことがあるのは、リストラされた人など“かわいそうな人”だけです・・。)

しかし今やその会社自体が(自分が65歳で引退するまでに)沈んでしまう可能性が高い時代です。

だからこそ、自分のキャリア形成はどうあるべきなのか、個々人が考える必要が出て来ています。そしてその具体的な方法が、上記に書いた「5つのロールモデルを考えてみる」という方法です。


現時点で既に3年から5年働いている人は、この週末に、自分のキャリアの未来にある5つのロールモデルを言語化してみてください。そして、自分はどれを選びたいのか、考えてみましょう。

学生の方も同じ。

自分が選ぼうとしている職業は、将来どう分岐していくのか、それこそが、皆さんが社会人の人に聞くべき質問です。(万が一それに答えられないような人の話は、いずれにしても余り聞く意義はありません)


最近は起業家志望の方も多いですが、私は起業家にさえ上記の「5つのロールモデル」は存在していると思っています。もしくは音楽家や舞台俳優などの芸術系の職業にも複数のロールモデルがありえます。

子育てに専念する専業主婦の方でも、一番下の子供が中学生になれば、「その後の5つのロールモデル」を考えることができるでしょう。

もちろん最初に「公務員」を選んだ人についても、働いて3年から5年たったところで行くべき道を考えるべきだし、研究者を目指して博士課程にいる人も同じです。

「博士課程にいるんだから、教授を目指すべきでしょ?」以外何も考えないのは、思考停止そのものです。


どんな分野にいる人も、働いて数年たったら将来ありうるロールモデル5つを言語化(明確化)し、どの道を自分が進もうとしているのか意識的になりましょう。

ぼーっと歩いている人と考えながら歩いている人に全く異なる景色が見えるのは、旅行もキャリア形成もまったく同じなのです。



そんじゃーね。

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↑ キャリア形成については、特に第七章をご参照ください。


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