人間ドラマを惹き出したプログラム

人間対ソフトが対局する将棋の電王戦では、昨年の第一回大会で、ボンクラーズが故米長邦雄氏に勝利しました。当時の米長氏はすでに引退後の将棋連盟会長だったので、「現役プロ棋士」ではありません。

そして今年は 5対 5 の現役プロ棋士との団体戦という形で第二回が行われました。

結果は下記のとおり、将棋ソフト側が 3勝 1敗 1引き分けで勝利しています。(ニコニコの第二回電王戦サイト


<第二回 将棋電王戦結果>

プロ棋士 将棋ソフト
第一局  阿部光瑠 四段    . 習甦
第二局 佐藤慎一 四段    . ponanza
第三局 船江恒平 五段   ツツカナ
第四局 塚田泰明 九段   Puella α(旧ボンクラーズ)
第五局 三浦弘行 八段   GPS将棋

(勝った方に色がついています。第四局は引き分けです)


今回の電王戦が大きな盛り上がりを見せた理由は、

1)このイベントが「人間 対 コンピュータ」と位置付けられ、

2)人間が負けるかもしれない、と思われたから、でしょう。


たしかに興行としては「人間 対 コンピュータ」と銘打つほうがおもしろいとは思います。

が、下記の第二局の予告ビデオを見てもわかるように、私にはどれも「人間と人間の戦い」にしか思えませんでした。
 → 第二局 佐藤慎一四段 vs ponanza プレビデオ


さらに、対局を重ねるごとに観客が惹きつけられた理由は
3)人間同士の対局ではなかなか見られない、プロ棋士のものすごく人間っぽい姿が見られたから。
だと思います。


私が今回の電王戦に関心を持ったのも、第二局で敗れた佐藤慎一四段が、対局後にあまりに“しょんぼり”されていたからです。
 → 第二局 局後記者会見の様子 (見るにはニコニコの会員登録が必要かもしれません)


その様子を見て「今までタイトル戦で負けた棋士って、ここまでしょんぼりしてたっけ?」って思いました。

将棋に限らず他のスポーツや勝負事をすべて含めても、ここまで“しょんぼり”してる敗者を見た記憶がなかったんです。

“悔しさを噛みしめた表情”とかではなく、「大丈夫ですか!?」って言いたくなるほどの姿を見て、「スゴイことなんだな」と感じました。


さらに、第四局の塚田泰明九段とPuella αの勝負に至っては、「こんな棋士の姿を見ることになるなんて!」と多くの方がびっくりされたはずです。

そこまでの経緯を簡単に書いておくと、

第一局では、18歳の阿部四段が、ソフトの癖を突くことで勝利を収めますが、
第二局では、現役・男性のプロ棋士に、将棋ソフトが“初めて”勝利しました。
第三局でもプロ棋士が敗れ、1勝 2敗。団体戦としては人間側に“後”がなくなります。


勝負がかかった第四局では、「絶対に負けられない」と考えた塚田九段が入玉という(プログラムが苦手といわれる)局面に持ち込んだ後、(相手の王将を狙うゲームではなく)点数勝負に持ち込みます。

そして最後は、右往左往を始めたプログラム対し、塚田九段が盤上の駒を指で数えながら引き分けに持ち込むという、(おそらく本人も含めすべての関係者が)仰天するような将棋になりました。 (参考:第四局 終盤ビデオ ←既に何のゲームなんだかわかんなくなってます・・・)

対局後、「個人戦だったら投了して(負けを認めて)いた」と話す塚田九段は、涙を浮かべていました。


みんな「人間ドラマ」が見たいと思ってるんだなーー。

って思いました。


今、将棋には、

・人間と人間が戦うタイトル戦
・人間と将棋ソフトが戦う電王戦
・将棋ソフト同士が戦う世界コンピュータ将棋選手権など
があります。


この中で、現時点で「観客を最も感動させるドラマ」を見せてくれるのは、どの組み合わせなのでしょう?

もしもそれが「人間と将棋ソフト」の戦いなのだとしたら、いまのところ「人間に、最高の人間ドラマを演じさせるのは、人間ではなくプログラムである」とも言えます。


★★★


最初に、今回の電王戦が盛り上がった理由として「人間がコンピュータに負けるかもしれないと思われたから」と書きました。けれどその一方で、大半の人はプロ棋士を応援していました。

佐藤四段、塚田九段を含め、勝ち負けを問わず 5名の棋士には惜しみない応援と賞賛の声が届けられ、その姿に感激してにわかファンになった人も多いはずです。

そして、そういった(大勢の人を魅了する)プロ棋士の、ここまでの人間らしさを引き出したものこそ、プログラムだったんです。


もし今回、人間側が 5勝していたら、ここまで話題になったとは思えません。

観客が熱狂したのは強烈な人間ドラマであり、そのためには。人間はギリギリまで追い詰められ、敗北し、、のたうち回ってみせる必要があったんです。

羽生善治三冠が“七冠”を達成した時のように、人間と人間の勝負だったら「圧倒的に強い勝者」に熱狂する私たちは、なんで人間対ソフトの戦いにおいては、「負ける人間」に興奮するんでしょう?

私たちが見たいドラマとは何なのか。とても興味深いです。


★★★


3つの種類の将棋大会があると書きました。
・人間と人間が戦う(従来の)タイトル戦
・人間と将棋ソフトが戦う電王戦
・将棋ソフト同士が戦う世界コンピュータ将棋選手権など


将棋というゲームを深く理解している純粋なファンにとっては、(今はまだ)「これが将棋と呼べるのか?」的な内容の電王戦より、一般のタイトル戦のほうがよほどおもしろいでしょう。

また、将棋ソフトの開発を手掛けている人なら、ソフト同士の戦いこそが主戦場であり、もっとも熱くなれる舞台なのかもしれません。


でも“その他大勢の普通の人たち”は、将棋の奥深さでもプログラムの完成度の高さでもなく、「衝撃と感動を与えてくれるドラマ」を求めています。(ファンの裾野を拡げたいなら何が必要かってことでもあります)

しかもこれは将棋に限った話ではありません。

「純粋に味覚としておいしいものを食べたい」ではなく、「驚くほどおいしいものを食べたという感動を誰かと共有したい」人のほうが、世の中には多いのです。


谷川浩司会長も、「 5 対 5の団体戦ということで、勝負に重きが置かれるかと最初は思っていましたが、5局すべてにドラマがありました」と言われてました。

ニコニコのプロモーションビデオも、ちょっとわざとらしいくらいのレベルで、“感動物語”を前面に打ち出してきます。 → 完全版 第二回将棋電王戦  (これもニコニコの会員登録がないと見られないかも)


電王戦の内容が、将棋としておもしろかったのかと言われれば、いろんな意見があるでしょう。でも、「人を感動させるものとは何なのか」という点については、ちょっとした学びのある大会だったと思います。



そんじゃーね


<コンピュータ将棋 関連エントリの一覧>


1) 『われ敗れたり』 米長邦雄
2) 盤上の勝負 盤外の勝負
3) お互い、大衝撃!
4) 人間ドラマを惹き出したプログラム ←当エントリはこれです
5) お互いがお手本? 人間とコンピュータの思考について
6) 暗記なんかで勝てたりしません
7) 4段階の思考スキルレベル
8) なにで(機械に)負けたら悔しい?
9) 「ありえないと思える未来」は何年後?
10) 大局観のある人ってほんとスゴイ
11) 日本将棋連盟の“大局観”が楽しみ 
12) インプット & アウトプット 
13) コンピュータ将棋まとめその2