タイムマシーン

木曜日・東京都千代田区丸の内
きらめくビル街。都会の夜景を一望できる高層ビルのテラス席。東京駅のライトアップがすごくきれい。こじゃれた中華小皿料理を出す店で、ちきりんは、40代の半ばを迎えるA君と食事をしていた。


「ほんとに俺の子か?と思うぐらい成績悪いんだよね」とA君は今、お受験をしている息子のことを話し始めた。A君自身は日本の最高学府を卒業して、丸の内に本店を構える金融機関に就職した。日本中がバブルに酔いしれるなか、その頂点で浮かれに浮かれまくっていた金融業界に身を置き、贅沢な駐在員生活を経て、今もそのレストランが入っている、日本でトップを競うほどにおしゃれなビルの高層階にあるオフィス棟で働いている。


「でもまあ最近は、子供は反社会的なことさえしない感じで育ってくれたら御の字って感じじゃない?」とお気軽ちきりん。

「まあね。たしかに親を殺す子供とかになっちゃう気はしないしな」と。


話は仕事の話へ。彼は新卒で就職して以来一度も転職はしていない。けれど会社のほうが様々な時代の変化の中で浮遊し、ぶつかり、彼の名刺の会社名は何度となく変わっている。また新しい名刺を出しながら「秋にはもう一度名前が変わる予定だから」と彼は笑った。

「もう何が起きてもだいたい大丈夫。どういう時にどう動けばいいか、全部のパターンの危機について学びましたから」と自嘲的に微笑みながらビールを飲む。悲壮感は全然ない。自分の人生を横から見ている。ちきりんがよく使う視点だ。


彼が家を構えるエリアは偶然にもちきりんが住んでいるエリアに近接している。「時々あのファミレスでごはん食べるんだ。家族全員で」と彼がいう駅前のファミレスにちきりんは入ったことはないけれど。


6時半という驚くような時間から飲み始めた私たちは12時前に切り上げ、彼は「荷物があるから」と言い、オフィス棟に戻っていた。

割り勘:ひとり5500円

★★★

金曜日・東京都港区六本木
家庭料理にとてもよく似た“飲み屋料理”を出す小割烹


「自分の時間の3割をあきらめるなんてマジでできるんでしょうか?」
結婚することに(結婚したいと公言しつつ)躊躇を重ねる30代前半のA君は自問している。


タイムマシーンで十数年先から戻ってきたちきりんは言う。

「今の時代、結婚だけならいつでも戻れるんだから、とりあえずやってみたら?」と。今日もお気軽ちきりんである。だが実際、子供がいても「戻る」ボタンを押す人は増えているわけで、そこまでなら昔と違ってリセットするのはもう珍しくもなんもない。


「でも子供がいないなら籍入れる必要なんてないでしょ?」

「でもとりあえず結婚したら、それが自分のやりたいことだったかどうか体感的にわかるじゃん。頭で考えててもわからないよ」とちきりん。


とりあえずやってみたらいーんじゃないかと繰り返すちきりん。「大丈夫だって、あたしは昨日、あんたの15年後と会ってたんだから。ちゃんととっても幸せそうだったよ!」って心でつぶやく。

割り勘:ひとり1万3千円(2軒目含む)

★★★

「あの人も、タイムマシーンでやってきてたんだ」と、昨日ちきりんは気がついた。

そう、ちきりんも何十年か前に、ある人に会っていた。その人も、タイムマシーンにのってやってきた人だったに違いない。あの時既に、彼は今のちきりんと出会っていて、今のちきりんを知っていた。だから・・


人生の岐路について悩んでいるちきりんに彼はいった。
「なんでそんなことがしたいんだ?」と。「全然つまんないよ」と。

既に今のちきりんとも会っていた。だから、あんなに確固たる口調で言い切ったのだね。あの時に。




神様はちゃんと啓示を与えてくれている。きっと悩めるすべての若者の前に、タイムマシーンに乗ってやってきた人生の先輩が現れる。ん〜、いや、人生の先輩という感じじゃない。その人は単なるメッセンジャーにすぎない。


想像力を燃料にして動くタイムマシーンにのってやってくる、未来からのメッセンジャー。



巧くできているのはね、最初に会った時にはわからないようになっている。その人が未来からのメッセンジャーなのか、たんなる知ったかぶりのおっさん(おばさん)なのか、わからない。それは10年くらい後にわかるわけ。「ああ、あの人が、」って。

誰が未来から来ているか。見分けられないからおもしろい。


じゃ