オーバースペックの本質

先日、「なぜ日本はこんなにオーバースペックなのか?」と書きました。国民性を含め複合的な要因があるのでしょうが、一番大きな理由は「イノベーションが起こせないから、オーバースペックに陥っている」ということでしょう。


下記の図をご覧ください。
“商品A”が発売された最初の時点(左下の起点)では、技術は未熟で不良品も多く、故障率も高い不安定な商品です。

それが何年も売れ続けているうちにどんどん改善され、最終的にはほとんど壊れない商品になります。たとえばテレビは今やほとんど故障しませんよね。技術的に安定し、かつ、消費者が求める機能は全部装備されています。この改善が赤の実線です。

その後もこの企業が商品Aしかもっていないと、(クリーム色の)“オーバースペックゾーン”に入り込んでしまいます。求められている以上に品質を向上し(=その商品を50年使う人はほとんどいないのに、50年壊れない部品を使うなど)、おせっかいな機能を装備し、といった具合です。これが赤の点線部分です。


しかし、もしもこの企業が“イノベーション”を起こして“商品B”の開発に成功すれば、企業はより儲かる新商品Bに事業をシフトしていきます。これが緑の曲線部分で、イノベーションによるジャンプです。

その後、商品Bもまた“十分なスペック”に到達するまで改善が進み(=青の実線)、それが一定のレベルに達した頃には、またイノベーションにより次の商品に移る。このように、イノベーションが一定期間ごとに起これば、その企業なり産業の商品はオーバースペックにはなりません。

一方でイノベーションが起こせない企業は、いつまでも既存商品や既存技術にしがみつくことになります。毎年毎年、細かい改善がなされ、でも消費者はそんな細かい改善に価値を見いださないので対価を払いたがらず、結果として価格競争に陥ってしまう。


具体的には携帯電話のカメラが5メガから7メガになるとか、本体の光沢が今までになかったレベルだといった話です。まさにオーバースペックゾーンでの戦いですよね。もしも途中でiPhoneが開発されれば、ドンとそっちに飛べるのに、そういう商品がでてこないと延々と細かい改善を続けることになります。

自動車なら、プリウスを開発するとAからBにジャンプできるけど、そうでないと、ガラスがUVになって日焼けしないとか、シートが抗菌仕様などというレベルでの勝負に入ってしまいます。

工業商品だけではありません。批判されることの多い道路公団や国土交通省の人も、他に意義ある仕事があればそちらを優先するでしょう。しかしそういった“高い価値のある仕事”は高度成長期に比べて激減しています、だからといって公務員は首にならないので、仕事が無くても何かしなくちゃいけない。そこで「日本全国の道を順番に掘り返して舗装でもやり直そう」みたいな話になってしまうのです。

農産物でも果物や野菜の“形や大きさを揃える”というレベルで差別化しようという話になるのは、画期的に商品価値をあげる方法を思いつかないからですよね。

小売り・流通企業も同様です。競合店と全く同じモノしか仕入れられないから、価格競争に陥るのです。セレクトショップがそうならないのは、“セレクト”する付加価値で勝負するからですが、そういう力がないと利益度外視の過剰サービス競争に走るしかありません。

このように、イノベーションが起こせないから、旧態依然とした既存の仕事を延々細々と改善し続ける、という事態は、商品開発だけでなく日本のあらゆる組織、場面で行われています。


一方、株主の利益要求圧力が高いアメリカでは、オーバースペックゾーンでの競争を延々と続けることは不可能です。そんなことをしていても十分な利益が得られないので、経営者は据え変えられ、余分な技術者はリストラされてしまいます。挙げ句の果ては企業自体が身売りされたり、消滅させられます。

ところが日本企業は解雇もできないし、経営者も赤字になっても厳しくは責任を問われません。自社を身売りするという決断をする経営者もほとんどいません。だから延々とオーバースペックゾーンでの競争を続けるのです。“ネギが縦に入るから長もちする”とアピールする冷蔵庫のCMを見た時はさすがに唖然とさせられました。


というわけで、日本の商品がやたらとオーバースペックである理由として、細かいもの好き、高機能好きの国民性もないとは言いませんが、やはりそれだけではないでしょう。

高度成長時代には、テレビ、冷蔵庫、掃除機、炊飯器、レンジ・・と、次々に新しい商品が開発され、その頃は日本の商品も“オーバースペック”に走ってはいません。寧ろ人手は足りない時代ですから、メーカーの開発現場でも「よし、炊飯器の改善はもういいから次は炊飯ジャーにかかれ!」とか、「テレビはもういいから次はビデオだ!」という感じだったでしょう。

今、日本の供給者の多くは、既存商品の改善以外になんの付加価値も創造できない状態、つまり、定期的なイノベーションが引き起こせない状態に陥っており、それこそがオーバースペックな商品を街に溢れさせている原因だと思います。

“革新、創造”ができないから“改善”に逃げる日本企業。“改善”は決して“日本のお家芸、競争力の源泉”などではないのです。


そんじゃーね。



イノベーションのジレンマ (―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき (Harvard business school press))

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