企業の競争力を左右する新しい労働力調達市場

先日も書いたように、クラウド・ソーシングによって、これから私たちの働き方は大きく変わるでしょう。

今日はこの件について、仕事を発注する企業側からの視点で、その意味合いを考えてみます。


企業側にとってクラウド・ソーシングは、次の3つの意義があります。
1)コスト削減
2)オープン・イノベーション & オープン・プロブレムソルビング3)人事政策の大転換


今日はこのうち、1について取り上げます。


★★★


誰でも想像できるように、世界中から「仕事を求める人」が調達できるようになれば、先進国企業はネット上にて「一日 10ドルでも働きたい!」という途上国ワーカーを、大量に集められます。

たとえば、アマゾンは自社業務の外注用に Amazon Mechanical Turk (MTurk) というクラウド・ソーシング・サービスを立ち上げました。

そして、膨大な数に上る自社サイト内に重複ページがないか、チェックして見つけ出すという単純作業を、一件なんと数セントの報酬で、世界中のワーカーに発注したのです。

やってみると、超低コストで迅速に、かつ高品質な結果が得られたということで、現在このサイトは他企業にもオープンにされています。そしてそこでは、


・「写真を見てタグ付けをする」もしくは、「連写された写真の中から、ベストショットを選ぶ」とか
・「レシートの画像を見て、その内容を入力する」など、

コンピュータプログラムによる自動化は面倒だが、人間なら誰でもできるタイプの単純作業が、毎日大量に低価格ワーカーに依頼されています。

しかも(あとで書きますが)、これらの「膨大な単純作業」は、多数のワーカーに数十件ずつ、もしくは数十分ずつなど、細分化して依頼されます。(この「細分化して依頼する」というのが、ひとつのポイントです)



現在 MTurkには、世界 190か国(ほぼ全部の国??)から 50万人以上が登録しているのですが、2010年段階では、米国人ワーカーが 47%、インド人が 34%と多数を占めます(英語話者ってことでしょう)。

米国人については、その大半が(ゲーム代わりの暇つぶしとして)次々に現れる写真に適したタグを選んで早打ちクリックし、お小遣いを稼ぐような人ですが、インド人の場合は 30%の人が、ここで受注する仕事を“主たる収入源”としています。

ちなみに、こういった作業の時間給は 1.66ドル程度。( 200円以下!) アメリカにしろ日本にしろ、最低賃金にも程遠い安さです。でも新興国では、それでも十分に生活が成り立つという人が大量にいます。

仕事自体は超単純な作業ですから、サイトの登録などのみ、“村にひとりだけいる、英語が読め、パソコンを持ってる誰か”が担当してくれれば、新興国の山村に住む、学校教育を受けていない子供でさえ、現金収入を得られるようになるのです。



これって、どう思います?? 


アマゾンが時給 1.66ドル(200円未満)のワーカーを大量に使ってサイトのチェックや経理処理をやらせてるのに、楽天が時給 1000円以上を払って派遣社員を雇い、同じ仕事をやらせていたら、世界で競争できるでしょうか?

海外企業が、今はエンジニアや研究者が自分でやっている事務仕事や経理処理のすべてをこういうサービスに外注し、開発や研究に集中できる環境を与えられたら、

相変わらず雑事にも振り回される日本企業のエンジニア&研究者の生産性と、大きな差ができたりはしないでしょうか?

ネット企業以外の一般企業でも同じです。欧米のライバル企業が、そんなに安いコストで管理業務やチェック業務、さらには基礎資料を作るための入力・集計作業を外注できるのに、

日本の大企業がいつまでもそういうサービスを使わなければ、両者のコスト競争力に大きな格差が生まれてしまうのでは?


★★★


日本の製造業は、モノづくりと生産管理という日本の強さが凝縮された工場でさえ、国内維持ができませんでした。海外に移さないとコスト的にまったく合わなくなったからです。

生産現場でさえ維持できなかったのに、人事や経理や総務やらの事務仕事を、ずっと日本に残せるでしょうか? 

日本の管理部門って、そんなに付加価値の高い仕事をしてましたっけ?

ちなみに、今アメリカで非常に多く使われているクラウド・ソーシング業務は、“秘書業務”です。既にそれを使い慣れ、「秘書なんてクラウドワーカーで十分!」という事業主や企業も現れ始めています。



先ほど、こういったマイクロタスク型のクラウド・ソーシングでは、「仕事を分解して発注するのがポイント」と書きました。

たとえば“音声の文章化”(いわゆるテープ起こし)に関しても、クラウド・ソーシングでは、1時間の講演が10秒ごとの音声に分解されて発注されます。(この分解はシステムにより自動的に行われます) 発注価格は、10秒の音声の文章化で 0.01ドル。

しかも、同じ箇所を複数のワーカーに文章化するよう依頼し、上がってきた文章の内容が合致している場合のみ、正しいと判断する仕組みなんです。これによって、間違ったテープ起こしが混じるのを防止できる。

つまり、単価があまりに安いので、複数チェック(読み合わせ)まで可能になっているというわけ。

時給 1.66ドルなら、ふたりの人に同じ仕事をダブル依頼しても時給 3.32ドルですからね。これで品質問題も解決でしょ。

もちろん「最もピントが合っている写真を選ぶ」、「もっとも魅力的に見える写真を選ぶ」といったファジーな選択でも、複数人に依頼することで、その判断の質が担保できるようになります。


★★★


私は『未来の働き方を考えよう』の中で、国家は、軍事力と並ぶ権力の源である徴税権を、IT技術の進化とグローバリゼーションによって失いつつある、と書きました。同じことが労働法制でも起こります。

日雇い派遣を禁止するとか、最低賃金を設定するとか、パート社員にも社会保障を義務付けるとか、国には様々な雇用・労働法制が存在し、それらはしばしば選挙の論点になるほど重要な施策です。

それなのに、そんなことには全く縛られない労働力が、世界中から調達できる時代が目前に迫っています。

遠からず日本企業の多くは、そういった労働力を駆使して仕事を仕上げてくる海外企業と、世界の市場で価格競争することになるのです。



どうよ?



なお、本日紹介した様々な事例は、下記の本に書いてあったものです。これ、ホントに“衝撃”です。

クラウドソーシングの衝撃 雇用流動化時代の働き方・雇い方革命 (NextPublishing)
比嘉邦彦 井川甲作
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そんじゃーね!



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