キリンとサントリーの破談によせて

サントリーとキリンの経営統合が破談になりましたね。せっかく大きな目標に向けての画期的な試みだったのに、とても残念です。苦渋の決断をされた経営者の方もさぞかし苦しい思いであろうと思います。

経営支援や破綻処理、それに相続目的以外での、いわゆる“戦略的な”合併・買収は、日本企業にとっては大きなチャレンジです。今回は特に、サントリー側が同族企業で未公開会社だという特殊条件もありましたし。

しかも“うまくいっている同士が、将来の成長を取り込むための合併”となると、「背に腹は代えられない」崖っぷちの会社とは違いますから、ついつい「あれもこれも」主張して我を通したくなるのはわからなくもありません。いろんなことがあったのでしょう。

でもちきりんは、破談にはなったけれど、一度は下されたこの二企業の経営トップの判断を、それでも高く評価しています。今回は巧く行かなかったけれど、そこから得られたものも多いんじゃないかな。いつかは(しかも別の国の企業と)そういう判断をしなくてはならない時期も来るはず。そう考えれば、今回の経験も必ず次につながると思います。


ところで、合併・買収のプロセスを3ステップで表すと下記のようになります。今回、キリンとサントリーは、最初のステップである「戦略を構築」という段階で「世界のトップグループで勝負できる飲料会社を目指す。日本市場はもう主戦場じゃない!」と決めたわけです。そこで、第2ステップに進んだ。

でも具体的なDeal条件を話し合おうとしたら、企業価値や出資比率(支配権)などの問題がクリアできなかった。というわけで第二段階は完遂されることなく、ここで破談になりました。

ちなみに、合併が調印されていたとしても、最後のプロセスもまた大きなチャレンジです。合併後の経営は、どんなにすんなりと進んだM&A案件でも相当に困難な作業です。企業風土の融合、重複機能のリストラ、相乗効果を出すための業務融合、人事制度の統合等々、難問が山積みです。



と、ちきりんは今までM&Aといえばこの3ステップで考えていたのですが、今回のサントリーとキリンの案件を見ていて、「もしかして、もうワンステップ加えて考えた方がいいのかも」と考えました。

それは、第1ステップの事業戦略が固まって「よし、買収だ!」となってから、実際の企業評価や出資比率の交渉に入る第2ステップの間に、「合併事前調整」的なプロセスが必要なのかも、ということです。



だいたい第1ステップというのは非常に高位の経営者の間で合意されます。こんなことを社員隅々にまで相談して決める会社はありません。ところが第2ステップにはいると、今回のように記者会見で発表されることもあるし、そうでなくても実際の作業が始まりますから、役員はもちろん従業員や一般株主、債権者など多くの人がそのことを知ることになります。

このプロセスが欧米のように(特に米国のように)、経済合理性と資本の論理に沿って理解され、実行される場合は最初の図のような3ステップでいいのかもしれませんが、日本のように「それ以外のなにか」が重要になる環境では、もう一段階の準備プロセスを噛ませた方がいいのかも、と考えたのです。“納得のプロセス”とか“組織が理解する期間”とかいう感じで。


先に書いたように、第1ステップは極めて限られた人だけが関わって決められます。トップダウンの組織であれば、そのトップの判断に基づいて組織は淡々と動きます。でも“関係者の声”や“組織構成員の気持ち”も簡単に無視できない日本では、なかなかそうはいきません。株主も、債権者も、従業員も、取引先も、トップの決断を消化するのに時間がかかります。

そして、経営者側も(米国と違って)それらの人達の戸惑いや躊躇を経済合理性やヒエラルキーで押し切ることをよしとしないですよね。そんな中で余りにノイズが多くなると、トップも最後は「やめたほうがいいかもしれない」と日和ってしまう。これを“リーダーシップの欠如”というのはちょっと酷かなとも思います。


なので、最初のプロセスから第2のプロセスへスムーズに移行するためのプロセス、すなわち、「トップの判断を組織の判断に移行させていくプロセス」を“意識的に”加えてみてはどうかと。

だって実は今回だけではなくて、ここらへんが巧くいかなくて、計画発表をした後にそれを解消した合併・買収話は結構ありますよね。とすれば、この「合併事前調整」的なプロセスって、実は結構クリティカルなんじゃないかと思うのです。

そしてそうであれば、この部分のノウハウを形式知化して学習、準備できるようにしたり、もっと進めば経営者向けプロフェッショナルサービスとして独立して事業化したり、ってこともありかな、と思います。今のところちきりんがイメージしているのは、“各利害関係者へのコミュニケーション専門プロジェクトチーム”が立ち上がるような感じです。期間は短期で2ヶ月くらい。


最後のプロセスである“Post merger integration”は近年はよくその重要性が主張されていて、ノウハウ化も進んでいます。が、日本企業の場合はそれに加えて、“Preのプロセス”を乗り切るノウハウも、もっと明示的に管理したらいいんじゃないかってことですね。

というわけで、今後 M&Aの事例を考える時には、二番目に挙げた4プロセスのフレームワークで考えるべしと、超個人的には提唱しとくです。


そんじゃーね!