国民審査と一票の格差

もうすぐ衆議院選挙ですね。

この日、選挙に行った有権者は、国民審査にも参加することになります。

コレ、非常に重要な制度であるにも関わらず、よく知られていないのでまとめておきます。

Q1.国民審査って何?


最高裁の裁判官について、国民が「罷免するか」 or 「そのまま任務についていてよいか」を審査をする制度です。罷免とはクビみたいなもんです。

Q2.いつ行われるの?


各裁判官が就任直後の衆議院選で行われます。10年在任している人については再度行われます。
なので、毎回 対象となる人数は異なります。

Q3.どのように行われるの?


投票用紙として、国民審査を受ける裁判官の名前が記された票(表)を渡されます。


信任しない場合は、名前の上のボックスに「×」をつけます。信任する場合は何も書かずに投函します。(ここがポイントです)


「○」をふくめ、「× 以外」のどんな記号を書いても、その票は無効票扱いされます。

Q4.よくわからないから何も書かずに出せば、「信任した」ことになるということ?


そうです。なので、有権者の選択肢としては、

・「×をつけて、不信任を表明する」か、

・「何も書かずに、信任するか」

・最初から用紙の受け取りを拒否するか(よくわからない場合や、参加したくない場合)
の3つです。

Q5.何人が×をつければ罷免されるのですか?


有効票の過半数が×をつければ罷免されます。

Q6.いままで罷免された人はいるのですか? 


いません。大半のケースでは、6%くらいから最大15%程度の不信任率となっています。


ただし過去には、沖縄基地関連訴訟で沖縄知事に敗訴を言い渡した最高裁判所にたいして、沖縄県内で 30%を越える不信任比率となったケースがあります。

Q7.信任する人には○をつける制度に変更すべきではないですか?


制度論としては様々な意見があるでしょう。


少なくとも今の「○をつけたら無効票になる」といった極めてわかりにくい制度を放置するのは、いかがなものかと思います。


また、投票所で紙の受け取りを拒否して(もしくは返すことで)棄権することができる、こともあまり知られていません。


なお、一部の裁判官を“不信任”、残りを“棄権”するという選択肢もありません。


だから不信任の人だけに×をつけ、よく知らないからと、残りの裁判官には何のマークもつけないと、それらの裁判官を信任したとみなされてしまいます。

意図せぬ信任を生みやすいわかりにくい方式ですが、今はその制度を前提にアクションをとるしかありません。

Q8.ちゃんと考えて国民審査に臨みたいんだけど、何を審査すればいいの?


最高裁は、一票の格差問題や、自衛隊の違憲問題、死刑の是非、男女別姓問題や婚姻制度に関する性別の格差などについて、憲法判断をしています。


また、最高裁の判決は「判例」となって、高裁以下の裁判に大きな影響を与えます。つまり最高裁は「日本の価値観を作り上げている裁判所」なのです。


私たちは国民審査を通して、彼らの価値判断を肯定するのか、

それとも、彼らの価値観にたいして「そんな価値観を、日本の価値観として示さないで欲しい!」と異議申し立てをするのか、

国民審査を通じて意思表示することができるのです。

Q9.でも、過半数の不信任がないと罷免できないんだから、ちゃんと意思表示しても無駄なんじゃないの?


そんな気もしますよね。でも、私は違う考え方を持っています。下記は前回の国民審査の結果です。


<前回、2009年8月の国民審査の結果>

氏名(元職業)   罷免要求票数 率%
桜井龍子(行政官) 4,656,462 6.96
竹内行夫(行政官) 4,495,571  6.72
涌井紀夫(裁判官) 5,176,090 7.73
田原睦夫(弁護士) 4,364,116 6.52
金築誠志(裁判官) 4,311,693 6.44
那須弘平(弁護士) 4,988,562 7.45
竹崎博允(裁判官) 4,184,902 6.25
近藤崇晴(裁判官) 4,103,537 6.13
宮川光治(弁護士) 4,014,158 6.00


率のところを太字にした 2名の裁判官は、この審査の前に、「一票の格差は憲法上問題ない」という判決に賛成していた 2名です。ちゃんと不信任率が高いでしょ。


(注:この上下の表の人達は、前回審査された裁判官です。今回は違う人です。なので、この表の名前を覚えていっても意味ないです!)


さらに(下記のように)東京都や神奈川県などの都会部(一票の価値において非常に軽んぜられている地域)では 2人の罷免要求率が 10%を超えるなど、より明確な結果が出ています。


<東京都の結果>

氏名(元職業)   罷免要求票数 率%
桜井龍子(行政官) 598,532 8.93
竹内行夫(行政官) 596,602 8.90
涌井紀夫(裁判官) 754,165 11.26
田原睦夫(弁護士) 581,123 8.67
金築誠志(裁判官) 566,264 8.45
那須弘平(弁護士) 733,824 10.95
竹崎博允(裁判官) 562,926 8.40
近藤崇晴(裁判官) 553,875 8.27
宮川光治(弁護士) 536,602 8.01


このように、たとえ罷免はできなくとも、私達は明確な形で、「私たちは、あなたを国民の価値観を決める代表としてふさわしくないと思っています!」と表明できます。


そして去年、今年と、最高裁は前回の参院選、衆院選に関して続けて「違憲である」との判決をだしました。


つまり最高裁は「国民が自分達をどうみているか」、十分に意識しているのでは?


罷免できなくても、今までより何ポイントも高い不信任比率が出れば、彼らは必ず「やばい!」と思います。


特に、過去の不信任比率の最高値である 15%に近い比率が出せれば、最高裁は間違いなく危機感をもつでしょう。


上表を見ればわかるように、それは決して非現実的な数字ではありません。私たちには、最高裁に意思を示す方法があるんです。

Q10.それぞれの人の価値観については、何を見ればわかるの?


私はポストに配られる選挙公報(国民審査公報)で、自分の興味のある判決についてのみ、チェックしています。

最近は、各裁判官の下した判決や意見を、わかりやすくまとめてくれているサイトも増えています。ぜひ、「国民審査 過去の判決」などでググってみてください。

Q11.ちきりんはどーするの?


私の意思は明確です。

最高裁は一票の格差について「違憲状態」とか「違憲」とは言いますが、「違憲だから選挙無効」とは決して言いません。

選挙が終わってから 2年後くらいに「政治家はちゃんと定数を変えてね」みたいな呑気な期待を表明するだけです。


実は前回の違憲判決を受け、11月26日に「0増五減法案」が決まり、即日施行されています。


けれど、実際の選挙区割りを決める手続きが間に合わないため、今回の選挙は“違憲状態のまま”行われるんです。


「それは変だろ?」ってことで、選挙の差し止め請求が行われましたが、最高裁は11月末にこれを棄却しています。


・・・違憲だということはずっと前から分かっているのに、自分達がダラダラ議論を引き延ばし、あげくの果てには間に合わないから違憲のまま選挙? 

最高裁もそれで「まあ、仕方ないでしょ」って??  


最高裁がそんな態度では、政治家はいつまでも動きません。

毎回違憲のまま選挙をし、自分が通ればそれでいいのです。選挙は(違憲であっても)有効だと最高裁がお墨付きを与えてくれるのですから。


なので、私は「違憲である」と明確に意見を述べた裁判官以外には全員に × をつけるつもりです。

最高裁が全員一致で「このままの状態で選挙しても(もちろん違憲だし)無効になってしまうからヤバイ!」と思うような状態に持っていくには、


「今のままでは私たち国民は、あなたたちを信任できない!」と伝えられる数字を(国民審査で)見せることが、重要だと考えているからです。


みなさんの投票は、みなさんの考えに基づいて行って下さい。

でも、この権利を無知により無駄にしないでください。

あなたが「よくわからないから」と言って、もらった紙をそのまま投票箱に入れれば、あなたは「裁判官を信任した人」としてカウントされてしまいます。

「制度をよく知らない」ことにつけ込まれ、利用されてしまうのです。


繰り返しておきますが、○をつけたら“無効票”になってしまいます。 何も書かなければ、信任すると言う意思表示になります。

×をつけるか、空欄のままにするか(=信任するか)どっちでもいいですが、自分の権利を大切にしましょう。



そんじゃーね


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<関連過去エントリ>
選挙制度を変えない限り、何も変わらない
農政に見る民主主義の罠
格差問題@一票の価値


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