「低価格ジョブ」は、民主的な市場に不可欠

アメリカでも日本でもクラウド・ソーシング市場では、びっくりするほど単価の安い仕事がたくさん掲示されています。

それを見て、「これでは(先進国に住む人の)給与が下がってしまう」、「搾取が助長される」などという人もいます。ですが、廉価な仕事が市場に溢れていることも、一概に悪いとは言えません。


たとえばライティング(文章作成)はデザインなどと並び、クラウド・ソーシングの主要分野のひとつですが、大半の仕事の単価はめちゃ安で、「ブログを毎日書いて、月に1万円」などとなっています。ひとつのエントリの値段は 333円。

たしかにこれをプロのライターの報酬と比べるなら「やってられないくらい安い」と言えます。でもね。もしもちきりんが今、中学生だったらどうでしょう?


私は当時から文章を書くのが好きでした。一日 500字くらいの文章を書くのは全く苦にならない。せいぜい30分ほどで書けるでしょう。

これをふたつやって月に 2万円のお小遣いが得られたら、「中学生のちきりん」にとっては、他のどんなバイトより圧倒的に楽に稼げます。今でもそういう(文章を書くのが好きで得意な)中学生は、たくさんいる。

中学生の彼ら・彼女らにとって(それがたとえ他人のアフィリエイトブログであったとしても)自分の文章が売れ、公開されるのは嬉しいことのはず。その上、もしも文章力や洞察力が認められたら、その後のキャリアチャンスさえ手にできるかもしれません。


いえ、そこまでいかなくても、彼らは顧客からフィードバックを得ることで、どんどん文章力を伸ばしていけます。学校では、平均的な文章力の子供に合わせた指導しか得られません。それでは作文の得意な彼らには、物足りない。

でも、大人からお金をもらって仕事を受ければ、たとえそれがどんなに安い値段でも、様々な学びを得、成長の機会を手にできるはずです。こうやって彼らは“市場から学び”、学校教育の枠を超えて、その力を伸ばしていけるのです。


「そんな安い単価のライターが現れたら、プロがオマンマ食い上げになる」って? 中学生に実力で差がつけられないようでは、遅かれ早かれやっていけなくなるでしょう。

プロだというならその経験とスキルを活かし、市場が求める付加価値を自分で定義して提供していく、そうやって仕事の単価を上げていくしかありません。


ウェブサイトやチラシに使うような写真も、「写真好きの高校生」が受注し始めるかもしれないし、もっと単純な(クリックするだけの)仕事や、言語が関係ない仕事なら、途上国の人たちも受注できます。

「誰でもできる単価の安い仕事」があるからこそ、「現時点で十分なスキルや実績を持たない初心者&新規参入者」でも、仕事を手にすることができ、実務経験を得られます。

低価格ジョブは、全ての人にチャンスを与える、民主的な市場に不可欠な要素なのです。


★★★


クラウド・ソーシング市場のライター分野に、「記事一本 5千円」とか、「一本、数万円」といった、一定の単価以上の仕事だけが掲示されていたとしましょう。これって、今の市場より良いと思いますか? 「これなら食べていける」、「搾取されない」、すばらしい市場ですか?


んなわけないじゃん。


そんな市場で仕事が得られるのは、既に実績のある作家やライターだけです。「今のちきりん」は受注できるでしょうが、「5年前のちきりん」は相手にもされません。

よく考えてみてください。5年前の私と今の私の文章力には、ほぼ何の差もありません。それなのに、5年前の私はこの市場では、「名前を知られていない」「実績がない」という理由で、仕事を得られません。でもね。仕事もさせてもらえないのに、実績を手に入れるのは不可能じゃない?

単価の高い仕事しかない市場は、無名の新人に門戸を閉ざして参入を許さない“非民主的な市場”です。「○○分野における 5年の実務経験のある人を求む」っていう求人ばかりの市場じゃ、すでに実績を積んでる人以外、就職できないでしょ。


民主的な市場には、「誰でもできる安い仕事」が不可欠だし、さらに「ほんのちょっとだけ、単価の高い仕事」や、「それなりの報酬の仕事」など、レベルと価格の異なる様々な仕事が必要です。そうすれば、最初は未経験者として安い仕事を受けていた人も、実力に合わせ、少しずつ収入を上げていけます。

(仕事の単価別に、掲示されているサイトが異なるのは問題ありません。また先日も書いたように、優秀なワーカーを囲い込むため、高レベルの仕事は“市場外”で提示されることにはなるでしょう)


また、どの分野であれ新人や未経験者は(ベテランの数より)圧倒的に多いのだから、低価格ジョブがベテラン向けの仕事より圧倒的に多いのも問題ありません。

しかもその市場には、単価の高い仕事が受注できるハイスキルな人は参入してきません。だからこそ、「今はなんの実績もないけれど、これから頑張りたい!」という人にチャンスが与えられる。そしてそこから、次世代を担うプレイヤーであり、クリエーターが現れるんです。

「俺の仕事にはもっと高い価値がある」という人は、それを証明して、自分でちゃんと稼げばいいだけです。新人が市場に入るチャンス、働く足がかりとできる格安市場の存在に、ケチをつける必要はありません。


★★★


途上国の空港を降りると、10歳そこそこの少年が、英語とフランス語とドイツ語と日本語で話しかけてきたりします。「タクシーはこっちだ」「ホテルを探してるのか?」ってね。

彼らは学校にも行ってません。それでも何カ国語も話せ、客引きやガイドができます。語学力とスキルを身につければ、他では得られない現金収入(しかも外貨収入)が得られるからです。


今、彼らは知らないだけです。もしも簡単なプログラムが書ければ、一日十時間以上も空港で客待ちをしなくても(客がひとりもつかず、徒労に終わる日も多い!)、一日数時間の仕事で家族が養えるほどの収入が得られるということを。

ちょっとしたプログラムを書けるようになるだけで、自分も兄弟も学校に通える。もしかしたら家族のために家が建てられるかもしれない。たとえ、その収入が「一日10ドル」でもね。


そういう成功例が村にひとりでも現れたら、多くの子供たちが(学校なんかに行かなくても)初歩的なプログラミングをマスターし始めるでしょう。彼らはこれまでも、そうやって外国語をマスターしてきたんです。

もちろん、彼らの英語がどこまでいってもブロークンなように、プログラミングだって、そんな高度なレベルにはなりません。でも、世界中からクラウド・ソーシング市場に押し寄せる、“ちょっとしたリクエスト”には応えられるようになるでしょう。


★★★


もうずうっと昔の話。ポルトガルから船に乗り、ひとりモロッコの港に着いた私は、船着き場で待ち受けたモロッコ人の男の子(たぶん10歳から13歳くらい)に付きまとわれ、でも最後には迷路のような旧市街でホテルやレストランに案内してもらったりと、とってもお世話になりました。

彼は流暢な英語を話し(フランス語とドイツ語もペラペラ)、観光客が知りたがることを先回りして説明できる聡明な子供でした。私は二日間ほどその子にガイドをしてもらった後、日本から持参していたカードに、簡単なお礼を書いて(ガイド代とともに)渡そうとしたんです。

そしたら、浮世絵の女性像が描かれたカードを見ながら、その子は言いました。「きれいなカードをありがとう。でもコレ、なんて書いてあるのか、読んでくれますか?」って。


あたしがカードに書いたのは、本当にシンプルな英語でのお礼でした。今まで話してた彼の英語力で、読めないはずがない。


だけどそう言われて、私も気が付きました。

彼は年齢にそぐわないほど大人びた物言いをし、文法的にもきちんとした英語で話せるのに、それが紙に書かれたとたん“THANK YOU”の文字さえ読めないんです。だって、学校で(教科書とノートを広げて)英語を習ったわけじゃないから・・。

複数の外国語を(フランス語もドイツ語も片言の日本語も!)口と耳から学び、あれほど流暢な英語を話しながら、アルファベットさえ読めない少年。今から考えれば、母語の読み書きでさえ、できたのかどうか不明です。


「市場から学ぶ」っていうのは、こういうことなんです。市場の需要があることと無いことは、ここまで厳しく峻別される。彼には「仕事につながらない知識」を学ぶ余裕も理由もありません。彼の職場において、「読み書き」には、なんの需要もないのです。


あたしはちょっとの間、フリーズしてました。彼のために自分の書いた文章を音読しながら、ゆっくりとコトの意味を理解し、財布からあらたに数枚の米ドル札を取り出しました。

彼に渡すべきは、浮世絵柄のカードなんかじゃなくて、こっちなんだとわかったから。




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そんじゃーね。


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