産業政策としてのハラール認証

このエントリは連載ものです。

第一回 浅草から考える多文化共生
第二回 インバウンド観光にみるムスリムの可能性
第三回 B級グルメから神戸ビーフまで

前回までのエントリを読み、「日本ももっとハラール対応すればいいじゃん!」と思われた方、たくさんいらっしゃると思います。

で、そもそも「食品のハラール対応」とは何なのでしょう?


・アルコールや豚肉を使わないこと
・牛肉や鶏肉もハラールに則って屠殺処理されたものを使うこと
などに加え、
・豚肉を切ったり焼いたりするのに使った調理器具を使ってはダメとか、
・調味料や出汁、精製など加工プロセスにもアルコールを使わないなど、
ハラール認証を受けるためには様々な「決まり」があります。



(当エントリの食品の写真はすべてちきりん撮影@ハラールエキスポジャパン2016)


日本に来た観光客だけに売るのであれば、使用材料や調理法について詳細な情報開示をすることで受け入れられる場合もあります。

しかし世界に向けて「ハラール対応食品」だと主張するためには、やはり認証を受けることが必要。


ご存じのように、日本では食品衛生法に食品添加物や残留農薬についての規制が、また食品表示法には内容物や原産地の表示について決まりがあります。

「トクホ」と呼ばれる特定保健用食品に関しても、健康増進法に基づいて条件が設定されるなど、基本は「法律」によって一元的な規制が行われています。

しかしハラール認証に関しては、日本にはそういった一元的な法律がありません。

そして実は、日本国内には大小様々な「ハラール認証を行う機関」が存在し、中には実質的に個人が認証しているようなところもあるんです。


このため海外のメディアでは、日本のハラール認証に混乱が生じていると報道され、海外からやってくるムスリムたちにも不安を抱かせてしまっています。


 (資料提供 ハラールメディアジャパン)


また「日本だけで通用する機関」で認証を受けても、その認証は海外では通用しないため、

「インドネシアに輸出しようと思ってハラール認証を取ったのに、この団体からの認証ではダメだと言われた!」みたいなことも起こってしまっています。



 (資料提供 ハラールメディアジャパン)


一方、ハラール対応を「国策」「重要産業」と位置づけるマレーシアでは、企業誘致策としてハラール認証制度をフル活用しています。

マレーシアに工場を作り、そこでルールに沿って食品を作ってマレーシアの機関から認証を受けると、

その食品は自動的に世界 32ヵ国(世界のモスリム人口をほぼカバーできる国数)にハラール食品として輸出できるんです。


マレーシアでは材料調達から容器まで、また製造工場から物流まですべてにおいてハラール対応が可能で、

「イスラム圏にも食品を輸出したい!」と考える企業にとって、工場立地として「マレーシアを選ばざるを得ない」状況を作りだしています。


たとえば日本のキユーピーも、マレーシアの工場でムスリム対応のマヨネーズを作っています。

その商品は日本に逆輸入され Amazonでも売られています。

キユーピー マヨネーズ ジャパニーズスタイル(ハラル認証) 300g
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アマゾンでは他にも、ハラール認証食品がたくさん売られてますね・・ 
→ “アマゾン ハラル認証の検索結果”


ちなみに上記のマヨネーズ、日本で売られてるキユーピーマヨネーズと原材料は同じです。つまり私たちがいつも食べてるマヨネーズだって、実質的にはハラール対応食品なんです。

でも大事なコトは、「この商品なら、マレーシアのハラール認証工場で作られてますよ!」ってこと。

ハラール先進国である「マレーシアが認めてる」からこそ、世界のモスリムコミュニティが安心して購入できるというわけです。



繰り返しますが、日本に来るムスリム観光客に対応するだけなら、何を使っているかの情報開示であったり、「日本だけで通用する認証」でも問題ありません。

でも!

もし「日本の食品を世界に輸出したい!」と考えるなら、世界に通用する認証が必要です。


なのに日本では認証機関が乱立し、どこから認証してもらえばどの国に輸出できるのかさえよくわからない・・・

そんな状況に国内の主要認証機関も危機感を抱き、つい最近、任意団体「日本ムスリム評議会(仮称)」の設立を発表するなど、基準統一に向けた動きが始まりました。

国内ムスリム対応基準 統一へ


それにしても日本はなにかというとスグに国が出てきて規制を作る国なのに、なぜハラールに関して国は何もやらないのか?

その理由は、「ハラールって宗教上の決まり事でしょ? 政教分離の原則があるんで、政府としては関わりたくありません」ってことらしい。


ふーーーーん!


でもさ。

これってインバウンド観光のキモにも、日本の食材輸出のキモにもなり得るポイントなのに、ほんとにそんな対応でいいの?

マレーシアやインドネシア、中東諸国はもちろん、アメリカや台湾、韓国などでも国(もしくは国に準じる機関)が乗りだし始めているというのに?


てか皆さん、北海道でジンギスカン食べたことあります?

実はあのラム肉、(全部ではないですが)多くがハラール対応のお肉です。


なんでかって?


ジンギスカンで使われるラム肉は(一部に国産肉もありますが)今やその多くがニュージーランドからの輸入肉です。

そして、ニュージーランドが輸出する肉の大半が「ハラール認証」なんです。


ニュージーランドだけでなく、ブラジルやオーストラリア、アメリカも含め、世界に肉を売りまくる「食肉産業が重要な輸出産業である国」は、

もはや「すべての肉を最初からハラール認証がとれるよう屠殺処理する」という作戦をとっています。


そうしないと「売れる国と売れない国」が出てきて面倒でしょ? 

「この肉は日本には売れるが、インドネシアには売れない」とか、イチイチ分けて処理すると、すべてをハラール対応にするより手間がかかってしまうんです。

なので食肉輸出産業の競争力を保つためにも、「全部ハラール対応にしちゃって、世界中に輸出しまくろう!」と考えてるわけ。



そういえば日本も神戸ビーフなどのブランド牛を、「世界中に売りたい!」と考えてるんじゃなかったっけ? 

だったら「産業として肉を輸出する国」が当たり前のようにやってる方法を、日本も取り入れるべきでは?


今はまだ、ハラール屠畜ができる屠畜場が日本ではとても少ない。

さらに(小さな鶏ならインドネシアなどでは一般の人でもハラール屠殺ができたりするようですが、)どでかい牛に関してはやはり専門の屠殺職人が必要。


マレーシアでは「牛のハラール屠殺ができる資格」も国家資格ですが、当然、日本ではそんな資格は存在せず、

数少ない「ハラール屠殺ができるムスリムの屠殺人が、各地の屠殺場を回って屠殺を行っている」という状況。

これでは量も増やせないし、ハラール肉の価格も高騰してしまいます。

きちんと資格を認定し、ハラール屠殺ができる人、そして屠殺場を増やしていくには、国全体としての取り組みが不可欠です。


日本政府がいつまで「政教分離だから」という理由でハラールから逃げ回るのか知りませんが、

世界にはブラジルやニュージーランドのように、そしてマレーシアのように、ハラール対応を食品輸出の競争力維持に不可欠な政策として位置づけている国もあるんです。

食品業界全体として日本の食材を世界に売りたいと思うなら、「産業政策」として何が必要なのか、

しっかり考えた方がいいのかもしれません。


[
そんじゃーね。


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