日経平均が3万円台になったあの日

エーゲ海でクルーズ船のデッキチェアに寝ころんで、陽の光とさわやかな風の下、カクテル飲みつついろんな本を読みました。

そのひとつがザ・ハウス・オブ・ノムラ。原作は 1989年にアメリカで出版。日本語訳が 1994年にでてます。古い本ですね。

ハウスというのは金融業界でよく使われる「会社」という意味と、野村家の「一族」の意味、両方を含んでいるようです。


★★★


野村證券という日本の証券ガリバーについて、この本が出た(英語で書かれた)1989年は、日経平均株価が最高値の 38,915 円を付けた年です。

日本の金融機関が世界の金融機関ランキングでトップテンの半分以上を占めるという、金融バブル絶頂期。この年、野村證券は日本企業としての最高益を記録しました。(トヨタより NTTより多いってことです)


作者は当時日本に赴任してきて、東京の外資系金融機関に勤めていた人。日本にきて「ノムラ」の存在を知り、その巨大さとすさまじい腕力に驚愕し、この本を書いています。

本が扱うモチーフはふたつ。

ひとつは、1850年江戸時代末期に生まれた初代 野村徳七が、野村證券を含む野村財閥を作り上げようとして破滅していくまでの物語。

もうひとつは、バブルを謳歌する日本の金融業界の驚愕の実態の描写、です。


前者は江戸時代末期から第二次大戦の終結までの話だから、まさに時代絵巻、歴史物語です。この部分から私が学んだことは、財閥の成り立ちにはふたつの種類がある、ってことです。

その1 政府の富国強兵策の利権にからみついて、財をなす。

その2 戦争をネタに「賭け」にでて、財を成す。


岩崎弥太郎さんらの三菱グループなどが (1) ででき、野村徳七さんは (2) で大きくなりました。でも (2) で勃興した財閥の多くは、第二次大戦のあと壊滅します。

彼らは戦争に賭けて成功してきたわけですから、敗戦ではすべてを失うのは仕方ないです。作り方からして必然的に 1945年に消える運命にあったということでしょう。

(1) の国家利権型でできた財閥は、今でも幅をきかせています。象徴的ですね。後者が「成金財閥」と言われがちで、前者が「正当派財閥」的に見られることも、なんとも日本的です。


次に後半、1980年代後半の「ノムラ」に象徴される日本の証券界、金融界のすさまじさについては、読んでいて本当に身震いする感じでした。

実はちきりん、この時期にまさにこの業界に身を置いていました。その時、おぼろげながら感じていた何かを、この本を読むことで解説してもらった、という感じがしたんです。


日本を知らないアメリカ人向けに書かれた本なので、あまりに常識的な「日本のイロハ」についても丁寧に説明してあって、非常にわかりやすいです。

その代わり、そんなに深いことが書いてあるわけではないです。インサイダーではなく“よく取材した人”が語っています。アウトサイダーが書いた本としてはよく書けてるということ。


この本は、「金融業界の特殊性」と「日本の特殊性」が相まった共通項の部分について書いています。

金融業界自体も(つまりアメリカの金融業界も)とても特殊な世界なわけで、大半のアメリカ国民にとっては恐ろしい世界です。(ライアーズポーカーという、ウオールストリートに翻弄されたアメリカの若者の本も、同じ臭いのする本です。)

それと、「不思議の国、ニッポン」が融合したところに、すごい渦巻きというか竜巻が起こった。それが 1980年代の後半でした。

私はあの時代にマーケットの世界に身を置いていたことを、単なる偶然であるけれども、とてもラッキーに思っています。


★★★


私は、日経平均が 1万円になった日を知りません。たぶんまだ学生でした。

でも、日経平均が 2万円台に乗った日のことは、よく覚えています。私はその頃、金融業界で働いていました。それは今でも忘れられない光景です。

日経平均が 2万円になったその瞬間、職場の大部屋にいた人たちが誰からともなく、拍手を始めたのです。

みんな無言で、チカチカする電光掲示板の、2万円を超えた数字を眺めながら、無言で大きな拍手をしました。


100人ほどもが働いている大部屋です。
何に、誰に、拍手をしていたのか。


誰かが拍手をし始め、それに気が付いた人達が電光掲示板のほうを見て、点灯する数字を見つけて次々に拍手を始める。拍手は静かに、でも、しばらく続いていました。

私はまだほんの新人だったけれど、「ああ、すごいことがおこったんだな。大きな区切りなんだな」と思いました。ちょっと感激したんです。


それから一年もたたない時でしょう。日経平均は 3万円台に乗りました。

ところが・・・その日も、私は全く同じ部屋で仕事をしていて、そこにいた他のメンバーだってほとんど変わっていなかったのに、誰も拍手をしませんでした。


拍手が起こらなかっただけではありません。

誰も特別にそのことに触れる人はいなかったんです。皆、ちらっと電光掲示板の日経平均の数字を見て、ふーん、という感じですぐに仕事に戻るのです。日経平均が 3万円を超えたのは、そういう日でした。


今から思うと、あれがバブルのはじける前兆だったと思います。日経平均が 2万円になった日には、自然発生的に拍手が起こった。おそらく 1万円になった日は、皆もっと感激していたのでしょう。

でも 3万円になった日には、だれもそれを「特別のこと」と感じなかった。きっと「どうせそのうち、すぐに 4万円になるんでしょ」とでも思っていたのでしょう。

でも、私たちのその奢りこそが、「実質的ではないもの」すなわち「バブル」を意味していたのです。


いや、もしかしたら反対に、それが「実質的には意味のない数字であること」を皆が感覚的に感じていたから、なんの感動も覚えなかったのかもしれません。

そしてその後その数字は、暴走を始めた車のように、そこで働く人の実感を超えたスピードで走り始めます。


その数字が実際にはどのようにして作られていたのか、ということがこの本の後半に書いてあります。

当時業界にいた人なら常識的なことであり、特にびっくりな情報ではありません。でも、外国人がそれをきちんと把握し、ここまで書いたのは「よく頑張った」という感じです。


この本を読みながら私は、私にとって最初の職場であったあの大部屋を思い出しました・・・・エーゲ海のクルーズ船の上で。ちょっとだけノスタルジーにはまりながら。


The house of Nomura

本日の一冊でした。

ザ・ハウス・オブ・ノムラ (新潮文庫)

ザ・ハウス・オブ・ノムラ (新潮文庫)


ではまた明日〜


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