運命って・・・

ちきりんが昔の学生運動に関心をもったきっかけは、小学校の頃に読んだ高野悦子さんの「二十歳の原点」という本です。

二十歳の原点 (新潮文庫)

二十歳の原点 (新潮文庫)


高野さんは、70年頃の学生運動華やかなりし頃、東京からわざわざ京都の立命館大学に進学。学生運動を始めいろんなことに頑張りすぎ、悩みすぎ、疲れ切って鉄道に飛び込んで自殺。死後、その日記がご両親によって出版されました。ベストセラーですから、ご存じの方も多いかもしれません。

小学校5年生のちきりんに、この本は衝撃でした。私は新左翼に関心を持ち始め、母が心配してました。東京の大学なんかにひとりでやったら、そういう方向にいっちゃうんじゃないかと。実際には全然違う方向・・・資本主義の手下みたいな仕事やってますけどね。


★★★

ちきりんは、政治運動、社会運動そのものより、その背後にある人間模様が好きです。よど号乗っ取り事件をご存じでしょうか。

9名の新左翼(赤軍)メンバーが、日航機よど号を乗っ取り、北朝鮮への亡命に成功した事件です。1970年。リーダーは今は亡き田宮高麿氏。これ本名??って感じの名前です。麿とかつけますかね? 自分の子供の名前に、麿。


この事件はおもしろいエピソード満載です。例えば、このハイジャックには一度未遂があって、その後やり直して成功しています。なぜ失敗したか。彼らの中には飛行機に乗ったことのある人が、誰もいなかったからです。時は1970年。飛行機なんて本当に贅沢品。新幹線にも乗ったことがない学生が沢山いた時代です。

だから彼らは飛行機の乗り方を知りませんでした。メンバーの多くは指名手配されていて、空港とか駅とか人の多いところをウロウロするのは危ない。だから、みんな出発時刻の15分前くらいに羽田空港にやってきたんです。

電車みたいに出発ぎりぎりに飛行機に飛び乗ろうとしてた彼らは、チェックインカウンターで「こんな時間に来られても乗れません・・」と言われて、げっ!


そんなこんなで当初の実行予定日には、あまりに遅刻者が多かったんで中止してるんです。数人は予定の飛行機には乗ったけど、ハイジャックは実行しなかった。そのままおとなしく福岡へ。

ところが、福岡についた数人には、羽田に飛行機で戻るだけのお金がない! 結局、彼らは夜行列車で東京に戻ってきたそうです。外国に亡命するのに、それくらいのお金もっていけよ!という気もします。


これ、当時の学生運動がいかに子供っぽい運動であったかをよく表しています。ほのぼのしています。中には、彼女といちゃいちゃしていて飛行機出発時刻に遅れた人もいるんです。メンバーの選定だって、リーダーの田宮氏以外は適当です。「お前行くか?」「そーだな、じゃっ行くか」って感じです。


そして、35年後の今年、まだ帰国できてない。北朝鮮から・・・

すごすぎです。固い覚悟や決意もなく、雰囲気に流されてやったことで祖国に35年帰ることができない。そういう事件なんです。(今は、逮捕される形でメンバーの半分は日本に帰国しています。)


9名のメンバーは、その後どうなったか。2名は粛正されたと考えられています。北朝鮮に染まることができなかった1名と、途中で反抗した1名です。あと1名、リーダーの田宮氏も亡くなってます。これは、他殺、自殺説があります。北朝鮮の発表は病死です。

残り存命の6名のうち、2人は現在は日本にいます。1名は逮捕帰国で今、裁判中(追記:その後病死)。もう1人は既に服役を終え、実名で本を出したりしています。というわけで、現在北朝鮮に残っているのは4名です。当時の年齢は22歳〜25歳。現在は、57歳〜60歳です。

彼らが今、日本に帰国するとおそらく10年くらいは裁判と服役になります。ハイジャックによって誰かを殺したわけではないので、結構罪が軽いです。(日本人拉致との関係が認められると話は別)


彼らの選択肢は二つです。日本に帰国し、10年間、70歳まで監獄にいて自由の身となる。もうひとつは、もうこの際、北朝鮮にとどまって、「思想の自由はないけど生活の自由はある」という状態で北朝鮮で人生を終える。

みなさんならどっちがいいですか?


「よど号」事件122時間の真実

「よど号」事件122時間の真実


さらにもう一人、おもしろい立場の人がいます。当時の赤軍派リーダーだった塩見氏です。彼もハイジャックに参加予定だったのに、その前日だか前々日に逮捕されてます。で、20年くらい服役してます。

服役を終え、娑婆に出てきてから既に15年たっています。もし逮捕されてなかったら、今も北朝鮮にいたでしょう。田宮氏よりもリーダー格ですから、生きていられたかどうかは不明ですが。

これもどっちがいいですか? ハイジャックに参加できて、少なくとも青春時代には、他国とはいえそれなりの生活の自由がある。でも、死ぬまで日本に戻れない、という人生と、青春の大半を服役して過ごす。でも50歳から後は自由の身で日本ですごせる。究極の選択ですよね。


ちなみに塩見氏が逮捕された際にもっていた手帳には、ハイジャックの実施日を含め、打ち合わせの日付などにもHJ、HJと書いてありました。彼を逮捕した公安は、そのHJが解読できず、数日後のよど号事件の一報を聞いて、「ああ、あれは!」と地団駄踏んでます。このへんも笑えます。わかりそーなもんですけどね・・・HJなんて、そのままやん。


さて、よど号で北朝鮮に渡ったメンバーは、北に行ってすぐに「北朝鮮万歳」的なことを言い出してます。思想もすっかり変わってしまって、マルクス主義でも新社会主義でもなく、北朝鮮の独裁思想である主体思想(チュチェ思想)を「すんばらしい!」と言い出してます。生き延びるためです。

ここ10年くらいは、「帰国しても逮捕されないなら、帰りたい〜」と言い続けています。何を勝手な!って感じですが、勝手なわけではなく、これも北の政府の要求です。

「逮捕されてもいいから、日本に帰りたい〜!!」などとは、言わせてもらえません。それじゃあ、北朝鮮の自由な生活より日本の監獄生活の方がいいように聞こえますからね。そんなの許されない。

だから「逮捕されないなら帰りたい」と言ってます。彼らの言い分について「身勝手な奴ら」と責める人もいるけど、身勝手でそう言ってるわけではないです。彼らが北に居ながらにして言えることは限られてます。贅沢はできても、そういう生活です。


話がややこしくなったのは、拉致問題の一部に彼らが絡んでいた、という話が明るみにでたことです。このため、彼ら自身の帰国(家族の帰国は実現済み)はかなり難しくなりました。

「行きたくていったんだろ、だったら死ぬまでそっちにいろよ」「彼らに拉致された人たちが帰りたくても帰れないのに、あんたらが先に帰るなんてありえないでしょ」という感じになってます。当然の感情ですよね。

というわけで、残りの4名の帰国は、当面実現することはないでしょう。彼らが「逮捕されてもいいから帰りたい」と言い出すのは、金正日氏が「そう言え」と言い出した時です。なんらかの理由によりね。


彼らの子供は、二十歳前後で、ここ数年の間に帰国しており、それなりに日本に適応しつつあるようです。「日本は悪の国!」という教育を受けてきたんだと思うけど、ちゃんと適応できるってことは、それなりに「本当のこと」も教えてもらっていたのかもしれません。このあたり、誰か本でもだしてほしいもんです。


飛行機でたった2時間の距離から、35年戻ってこれない。数年で戻る予定だったのに。こういう人生があり得る、ということが、ちきりんは本当に興味深く思えます。

ちきりんだったら途中で騒ぎ立て、粛正されてしまったことでしょう。それを乗り切って35年。拉致被害者が戻らないなかで、彼らに同情することは私たちにはできません。でも、運命ってすごい・・・本当にそう思います。


ではまた明日〜


「よど号」事件三十年目の真実―対策本部事務局長の回想

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