耐震偽造事件で逮捕された建築士、姉歯さんの私生活があれこれと報じられています。
やたらとみすぼらしい自宅兼事務所の写真とともに「病気で奇怪な服装の奥さん」「ニートだかフリーターだかの二人の子供」、「実家を放り出したお兄さん」との対比として、
「工業高校出身、たたき上げで一級建築士になった孝行息子のサクセスストーリー」が報道され、ひとつのイメージが作り上げられつつある。
この人、不思議な人です。インタビューに応じる彼は、うつろな目で淡々とした語り口。まるで他人事のようなコメントをする。
それに比べると、マンション売り主であったヒューザーの小嶋社長は超わかりやすい。
以前は消火器のセールスで大金を儲け、銀座で豪遊していたらしい。確かに、いかにもそーゆー感じの人です。
この人が売っているというだけで、マンションだろうがイチゴだろうが胡散臭い、そう思わせるタイプ。
ところがおもしろいのは、この二人が同郷だということ。小嶋社長は古川高校、姉歯さんが古川工業高校と、いずれも宮城県の出身。ふたりとも高校卒業後、東京にでてきて生活基盤を作りました。
小嶋社長は、地元進学校における少数派の高卒就職組。
羽振りがよくなってから出席した高校の同窓会で、「全員分の会計をオレがもつ!」と豪語した話は、昔よくあった「東京に行って一旗あげる」感に溢れるエピソードです。
ちきりんは関西の中堅都市の出身で、前にも書いたけど、関西の人は「関西が世界の中心」と思っているから「東京にでて一旗揚げる」という憧れが少なく、寧ろ「なんで、そんなとこ行きたいん?」という感じです。
一方の東北地方は、「東京で勝負!」感の強いエリアなのでしょう。ふたりともレベルは違うけど、そーゆー意味では同じタイプの“成功者”だったのだと思います。
この「実は同じタイプの人生を歩んできた」ことが、二人がつながった理由の一つでしょう。小嶋さんは同郷の姉歯さんを、「もっと引き上げてやろう」と思ったたんじゃないかな。
彼なりのやり方=少々やばいことしても、「同窓会の会計を一人で払えるくらいの立場」にしてやろうと思っていたんでしょう。
二人とも東京では、すごく不利なところから出発しています。
地方の高卒という立場で、ひとりで出て来た東京近辺で自宅を構えるだけでも大変だったはず。大学の学費から東京での生活費まで親に出してもらえたちきりんには、想像もつきません。
そしてそういう人の道の前には、多種多様な「落とし穴」が仕掛けられています。その落とし穴にはまらずに一生を歩き終えるだけでも、大変な注意深さと忍耐が必要だったりする。
一方、親のお金で東京で大学を出ましたという別のグループは、最初から落とし穴の少ない道を、しかも、落とし穴に対する十分な教育を受けた上で歩いているんです。
姉歯さんは、地道にその落とし穴だらけの道を、苦労しながら歩いていました。
そこに小嶋社長が現れます。そして「落とし穴に他人をぶちこんででも、自分は落ちないで歩く方法」を彼に教えてくれました。姉歯さんはおそるおそる手を引かれて、同じ歩き方を始めてみたのです。
姉葉氏は1年前に、高級外車を含む車2台を手に入れています。そんなものが欲しかったかどうかはわかりません。
でもそこには、彼にも「自分と同じ成功」を与えてやろうという小嶋氏の心意気が見えます。事件が露見していなければ、姉歯氏も 10年後には「同窓会の会計はオレが払うよ」と言っていたかもしれません。
★★★
ちきりんが東北地方で、大学に子供をやる余裕のない家庭で生まれていたら、本当に今のような立場になっていたでしょうか? 個人の資質や努力なんてたかがしれています。
もちろん、スタート地点で恵まれていなくても「きちんとした人生」を送る人もたくさんいます。
だから、彼らはそれを言い訳にも免罪符にもできません。それでも私が「自分だったら」と考えた時、自信をもって「自分ならこんなことは絶対しない」とも言えません。
私は、姉歯さんよりは小嶋さんのタイプです。フィリピンのスラムに生まれていたら、迷わずジャパユキさんになったでしょう。一生をスラムでゴミを拾いながら暮らすなんて耐え難い。
日本に行って売春をして優雅な生活を手に入れたい、と思ったに違いありません。
そしてお金のために不特定多数の人に体を売り、お金の一部はヤクザにカツアゲされ、人間的な扱いも得られないまま人生を終えていたかもしれません。
小嶋さんのエピソードで興味深かったのは、マンションを売りはじめた時に「なんて売りやすい商品なんだ!」と思った、というコメントです。
普通の営業マンなら「マンションが売りやすい」とは思わないでしょう。ところが、消火器の営業などをやってきた小嶋さんにしてみると「売りやすくて笑っちゃう」商品だったのです。
消火器セールスって・・・かなり詐欺的な訪問販売ですからね。消防局の振りして消化器を原価の何十倍もの価格で売るってやつです。
「不要なものを、異常な利益率で売る」いわゆる壺系商品のセールスばかりをやってきた人にとって、初めて「必要なものを売る」という商売がマンション販売だったのでしょう。「圧倒的に売りやすい」のも当然です。
でも小嶋さんにとっては、この二つの商売には違いがありませんでした。
その二つを同一線上にあるビジネスだと考えたから、同一基準で比較して「マンションの方が、いい商売だ」と感じたのです。そして、同一線上にあるからこそ、同じやり方で売りまくったのです。
消火器もマンションも原価を下げ、「だまされる方が悪いのだ」と。
この人には「消火器訪問セールス」がまともな商売でない、という感覚はなかったでしょう。
だって、そういう商売しか選択肢のなかった人生において、「ああいう商売」と「普通の商売」を、異なる二つの商売だと知る機会はありません。
オレオレ詐欺を始め、壺売りだの消火器売りだの着物の展示会販売だの悪徳リフォームだの・・・こういうことやっている人も、基本は同じだろうと思います。
一部の元締めを除いて、大半の(これらのビジネスの)実行者には、「そういうビジネスが普通」なんでしょう。
そして、そういうビジネスにしか、従事できない。させてくれない社会というものが存在してるんです。
「豊かな国」とはどういう国を言うのか。
世界平均の2倍の一人あたりエネルギー消費を続けながら「健康で持続可能なライフスタイル」とか言ってるアメリカも、
働く意欲をなくした自国民と、社会の下層に固定化した移民を、一部のエリートが率いる欧州も、「豊かな国」として憧れるにはあまりにも不完全です。
ちきりんがひとつその条件を言えと言われたら、やっぱり「機会平等」と言うでしょう。小嶋社長や姉歯さんが、ちきりんと同じ「機会」を与えられていたとは、どうしても思えないからです。
オレオレ詐欺団や悪徳リフォーム屋の営業マン=手足、として吸い込まれていく多くの若者も、私と同じ機会を与えられていたとは、とても思えません。
自分が得てきた「機会」を、同じ国なのに与えられていない人がいることには、申し訳ないし、恥ずかしいこととさえ感じます。
自分が反対側に生まれていたら、切に願いそして恨むでしょう。「なぜ私には、同じ機会が与えられないのか?」と。
また明日