私的セーフティネット 偏在そして崩壊

就職氷河期で学生が正社員になれないという話には心痛いものがありますが、それでも健康な 20代の日本人であれば、本人の不満や将来への不安は別として、今日明日を食べていくことはできるでしょう。

しかし、身体的、精神的に重度の障害がある場合はそれさえ困難です。

視覚や聴覚の障害があったり、歩行障害で車いすに乗っていると、アルバイトを見つけるだけでも不可能に近いほど難しいし、簡単にネットカフェにも泊まれません。

そういった人にとって独立して食べていくことは、障害者年金など福祉の支援を得た上でも容易ではありません。

これは、単身で相当高齢になった場合や、なんらかの理由で保護者を失った子供も同じです。

高齢で体力や思考力が衰え慢性疾患を抱えれば、少々の年金が得られても独立して生活できなくなるし、小学生以下の子供にいたっては、一人では住む場所も確保できません。


では現在これらの人がどうやって暮らしているかといえば、全く身寄りがない場合は多くが公的な施設に暮らし、福祉の支援で生活しています。

しかし、誰かしら身寄りがある場合は、福祉の支援を受けながらも、主要な支援は“家族”が提供していると思われます。

障害がある子供の多くは成人後もずっと親が面倒をみているし、親の死後は兄弟が面倒をみる場合もあります。

年老いた両親には子供が同居するなどして支え、もしくは子供らが資金を出し合って施設費用を負担することもよくあります。

保護者を失った子供の場合、親族が引き取ったりもします。

このように、いわゆる“社会的弱者”の生活は、もちろん社会福祉でも支援はされているものの、未だその多くの部分が家族・親族による私的扶助によって支えられているんです。

今日はこの私的扶助、もしくは、イザという時に私的扶助を受けられる環境という意味で、“私的セーフティネット”について考えてみます。


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まず第一に私的セーフティネット”は相当程度、偏在していると思われます。

たとえば交通事故で障害を負ったとしましょう。

ある人は自分の貯金があり、かつ、社会保険に加入していて障害年金が貰え、加入していた民間の保険から多額の保険金が支払われるかもしれません。

さらに勤務先の会社は、部署を異動して雇用を維持してくれるといい、親兄弟も一定の支援をしてくれる。

こういう人がいる一方で、貯金もなければ、年金も未加入で障害年金も貰えず、仕事はアルバイトだったから事故と同時に(退職金もなく)失い、親兄弟にも自分を助ける余裕はない、という人もいます。


もし「保険はないが、貯蓄がある」とか、「貯蓄はないが、助けてくれる親族は多数いる」というふうに、それぞれになんらかの私的セーフティネットがあるならいいのですが、実はこれらは極めて偏在しています。

つまり、もっている人は貯蓄、保険、仕事、家族などすべての私的セーフティネットをもっており、もっていない人は何ももっていない、んです。

貧困を特集するテレビ番組に取材されている人の多くは、これらの私的セーフティネットをなに一つもっていないようにもみえます。


加えて今後は、“私的セーフティネットをもたない人”が急増することが予想されます。

現時点で退職している世代は、それなりに個人的な蓄えができています。これはひとえに「日本が高度経済成長してきた時代に働いてきたから」です。

60才から年金を受け取り、ずっと正社員だったから収入も安定していて、持ち家を手にいれていて、かつローンが残っていません。退職金も貰っているし、子供も 2,3人いて、なにかと助けてくれる。

こういう状態であれば、夫婦のいずれかが病気になったり、娘が離婚して母子家庭になっても、ある程度の援助ができます。万が一の時にもなんとかなるんです。


ところが、これのどれひとつとして「今後も大丈夫」と言えるものはありません。

年金は既に 65才支払い開始だし、不動産が値上がりする時代もありません。非正規雇用の人も多いし、正社員であっても退職金も当てになりません。

子供 2人どころか単身のまま老後を迎える人も急増するし、離婚も増えています。

こんな状態で“何か”が起ったら、家族や親族に私的扶助を提供できるでしょうか。

事故や地震に遭遇したり、自分や家族が病気になるなどの場合、私的セーフティネットがないと一気に貧困状態に陥ってしまいます。


この「私的セーフティネットの偏在と崩壊」が、今後の日本において貧困者を急増させる主要因なんだと思います。


ちょっと時間が無くなったので、続きは明日書きます。



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