ネットと金融業 (前半)

金融業はネットと親和性が高い産業です。

大半のモノはネットで見たのと本物はなんらか違いますが、お金はデジタル情報だけで完全に理解できるからです。

このため金融業は次々に「ネットへの移行」が進んでいます。

今日はこのうち「銀行」 「証券」 「生命保険」の3つについて考えてみましょう。(損保やノンバンクには触れないという意味です)


みなさん、金融取引をどの程度ネットに移行していますか?

私は既存のメガバンクの口座ももってるけど、メイン口座はネットバンクです。

証券の取引はネット証券でやりますが、既存証券の口座もアクティブです。

保険は既存の保険会社の商品のみで、ネットでは加入してません。

つまり私の「金融ネット化レベル」は銀行において最も進行しており、保険において最も遅れています。なぜこうなっているのでしょう。

★★★

銀行って今、店舗に行かないと済まない用事ってありますか?
私が過去1年で店舗に行ったのは「お年玉用の新札が欲しかった時」だけです。

証券もいまや店舗に行く必要は全然ありませんが、スイッチングコストが銀行より高いです。

銀行ならお金をネット銀行に移すのは簡単ですが、証券会社の商品を他の証券会社に移すのは今でもけっこう面倒です。

しかも扱いのない投資信託など一部の商品は移すこともできません。

つまり、銀行と証券では「スイッチングコスト」が証券の方が高いんです。

でも、「スイッチングのメリット」は銀行より証券のほうが高いです。

銀行の金利や振込手数料における「リアルvs.ネット」の差より、リアル証券会社とネット証券の株式取引手数料の差のほうが遙かに大きいからです。

★★★

生命保険はどうでしょう?

スイッチングコストはかなり高いです。

だって新しい保険にはネットで入ることができるけど、既存保険の解約はネットではできません。

解約したいと(電話で?)連絡すると、「では担当のものからご連絡させます」とか言われちゃって、販売担当の人に引き留められたり説得されたりします。

しかも銀行や証券は「過去の口座も併行して維持」しててもいいですが、保障系の保険を重複して維持するのは無駄ですよね。

なので、いくら「新規に入る手続きが簡便」でも「既存契約の解約が面倒」だとスイッチングコストが低くなりません。

これが、保険のネット化が進まないひとつの理由でしょう。

銀行だって、もし「ネット銀行で口座を開く前に、既存銀行の口座を解約しないといけない」となったら、面倒すぎるでしょ。

★★★

また、保険は新旧比較が難しいです。

銀行の金利や振込み手数料、証券会社の株の取引手数料なら、ネット企業の方がリアル企業より有利と一目で分かるんですが、

保険は保障と貯蓄が一体化してたり、山ほど“特約”がついてたりするので「ネットの方がトクだとすぐわかる」わけではないのです。

また、保険に入った時は健康だったけど、その後の健康診断でなにか指摘されて(日常生活には不便はないが)厳密に言えば健康に問題がある、って人にとっても、保険の乗り換えは簡単ではありません。

さらに私は予定利率が5%近い個人年金や終身保険、いわゆる“お宝保険”をもっており、これを解約するなんてありえません。

このように「金融業はネット親和性が高い」のはそのとおりなのですが、「銀行や証券に比べて、保険は既存企業からネット企業へのスイッチングバリアがかなり高いと言えるでしょう。

★★★

もうひとつ、ネット企業の参入によって変わるのが「業者」だけなのか「市場」も変わるのか、という点も興味深いです。

たとえば銀行の市場は、ネット銀行がでてきても大きく変わりません。

別にネット銀行がでてきたからといって、用もないのに振込み回数を増やしたりしないでしょ。

つまり銀行のネット化においては、「銀行機能の市場規模」は不変で、使われる「業者」だけが“リアル→ネット”に移行するんです。

一方、証券では「市場規模や市場の性格」も変わったと思います。

リアルの証券会社しかない時代、大手証券は最低でも金融資産が1000万ない客は相手にしませんでした。野村證券にいたっては5000万円の金融資産がないと営業マンがつかないです。

そういう時代には「運用資金が30万円しかない」人には、株式投資は非常に難しいことでした。(中小証券会社には、また別の問題があるので)

ところがネット証券ができて、運用資金30万円でも株式投資を始めるのは簡単になりました。

つまりネット証券が出きたために、新しいタイプの客が市場に入ってきたわけで、市場規模は当然、拡大します。


じゃあ、保険はどうか?
実はここでも「業者」だけでなく「市場」に変化が起こるんじゃないかと、私は見ています。

というのも私は、「今までの保険市場は、“保険に入る必要のない人”によって成り立っていた」と思っているからです。下記の図でいうブルーのところです。

保険って、本当に“保険に入る必要がある人”というのは貧乏な人(=蓄えのない人)なんですよね。

ところがバカ高い保険しかなかった従来においては、彼等は保険に入ることができませんでした。これが左上のピンクのところです。



そもそも一定の貯金のある人は保険に入る必要はありません。保険より“現金”で蓄える方が圧倒的に使い勝手がいいからです。

それに気がつき始めたブルーの人は最近“保険の見直し”を行い、保険市場から流出しています。

世間の“保険リタラシー”が高まれば高まるほど、このブルーの人達は保険に入らなくなり、「既存の市場」は縮小するのです。

一方で、本当に保険が必要なのは「貯金をする余裕はないけど子供がいる人」です。ピンクの箱の人ですね。

彼らにとっては保険は入る意義があります。ところが、従来の保険は高くて買えなかった。

そこで、この人達が買える安い保険を!と言っているのがネット生命保険です。この市場は「今までになかった新市場」です。

★★★

さて、ブルーとピンクの市場規模。どっちが大きいか。自明ですよね。

日本は保険大国ですが、それはこのブルーの人達=「本当は保険に入る必要がない、貯蓄のある人」が勧められるまま多額の保険を買っていたからです。

その背景には、一時は(予定)利率が高く、保険について「保障ではなく長期の貯蓄」と考えられる商品だったからです。

興味深いのは、ブルーの市場規模は40兆円と巨大なのですが、ピンクの市場規模がいくらなのか?という点です。

おそらく誰も試算していないのではないかな。

★★★

さてご存じのように、銀行や証券は「ネット企業」の参入に伴い、既存企業も「ネット取引」を導入し始めました。

彼らはまったく同じ商品を窓口とネットで、異なる価格で売っています。

定期預金の金利はネット優遇があるし、振込み手数料もネットでは格安です。証券も株の売買手数料について、窓口なら○○円、電話注文なら2割引、ネットなら5割引、ですよね。

どちらの業界でも手数料の安いネット企業に客の流出が起りはじめ、自分達も手数料を下げざるをえなかったのです。

保険についても同じことが起こるでしょうか?

これはなかなか難しいです。

保険は複雑な商品なので、営業員が説明しないとなかなか売れません。

だから当面、「リアル保険会社は対人で売るだけ。ネットで売ったりはしない」という状態が続くんじゃないかと思います。

証券において、株式取引はリアルでもネットでも売れますが、投資信託はリアルじゃないと(営業マンがプッシュしないと)売れないのと同じです。

最初に書いたように、金融商品は完全にデジタルな商品です。でも複雑な商品は、デジタルな説明だけでは、なかなか売れないってことなんです。



そんではね〜