あの産業が世界を移動する日

ビッグスリーの経営危機について、ちきりんは本当にわくわくしているので、これについて“妄想”を書いてみるです。

これから世界で起こりそうなこと列挙で書いたように、アメリカではこの3つの自動車会社が潰れるか潰れないか、いや、“潰すか、潰さないべきか”という点が国民的議論になっています。状況としてはGMがもっとも深刻と言われており、象徴的に「GM問題」とも称されます。

日本だってトヨタが潰れるかも、という日が来たらもちろん大問題でしょうし、そこに公的資金を入れて救済するなんて話は大議論を呼ぶでしょう。ましてや今まで市場経済を謳歌・推進してきたアメリカですから、そもそも「公的支援の是非」が話し合われていること自体が驚愕ともいえます。話し合う余地があるんだ?という感じです。


とはいえ民間企業である自動車会社の救済を税金で行うという話は相当の風当たりがあり、マスコミの報道は"They want your money."です。すごい表現だな、と思います。“公的資金注入”という上品な表現とはインパクトが違うよね。

しかもDCでの公聴会によばれた3人のCEOに、いかにも保守派の政治家の人が「今日、この公聴会に普通の飛行機会社の飛行機に乗ってきた人はいますか?いたら手をあげてください。」とか聞くんです。

3人は沈黙。んなもん、プライベートジェットで来てるに決まってます。

その政治家が続けて聞きます。ふふんと鼻を鳴らしながらね。

「では、今この場で、“税金を使わせてくれといっているのだから、プライベートジェットは処分する”と約束できる人、いますか?いたら手をあげてください。」と。

3人、苦笑しつつ下を向く。


で、このシーンを報道するテレビキャスターが「彼らがプライベートジェットを手放せないという理由がなんと“セキュリティのため”なんですって。とんでもないですよね〜」「ほんと、納税者をバカにしてますよね〜」とかいう掛け合いをやってて、“おお、古館っぽい”って思った。このあたり日本もアメリカも同じです。


でまあ、それはともかく、どーすんだろ、ということなのですが、ちきりん的超大胆予測は、東方汽車とか政府系ファンドとかどこでもいいんですけど、中国がお金入れるんじゃないの?ってことです。

中国の政府系ファンドがアリコに出資するとかいう話を聞いた時に、なるほど、それもありかも?と思いました。ここんとこブッシュ大統領が胡錦濤国家主席とやたらよく話をしてるのですが、大半の人の読みは「アメリカが必要な資金を調達するために国債の大量発行を行う。その引き受けを依頼している。」ということのようです。が、ちきりんとしては、「GM問題を話し合ってるんじゃないの??」とか思ってます。*1


★★★


ちょっと戻って状況を振り返っておきましょう。今回のビッグスリーの苦境、もしくはGMの苦境というのは、直接的、表面的には資金繰り問題ですが、根本的には“需要縮小問題”であり“社会保障制度問題”です。


需要問題というのは、そもそも自動車需要が圧倒的に縮小する、ということです。今アメリカって1700万台くらい車が一年で売れるんだと思いますが、来年以降どんどん減って、おそらく1200万台くらいまでは確実に市場が縮小すると思われています。もしくは800万台まで減ると言っている人もいます。ビッグスリーのうち一つだけ残れば足りるってわけです。

アメリカは日本と違って車の必要性は高いのですが、今まで6年で買い換えてたのに12年に一度の買い換えになれば年間需要は半分になってしまいます。アメリカ人の個人消費の多くが“借金”や“投資収益”に支えられていたわけですが、個人与信自体が大幅に小さくなることは確実ですから、今までと同じサイクルで車が買い換えられたりはおそらくしません。

というわけで、基本的に北米はすごいレベル(=供給キャパが需要の倍以上)での“オーバーキャパ”状態になると予想されている、ということなのです。他の自動車会社(トヨタとか)が安易に助けられない理由のひとつはここにあり、そもそも不要なもの(余分な供給キャパ)を買って儲けられる人は誰もいません。それじゃあお金を捨てるのと同義です。

日本も車離れが言われていますが、今後世界において車需要が伸びる可能性があるのは中国、インドなどの人口の多い新興国だけです。台数的にはかなりの伸びしろがあります。しかしインドで28万円の自動車が発売されたことが象徴するように、それらの市場で売れるであろう自動車はGMが作っているものとは全く違います。

つまり、「全く不要な工場が、アメリカ国内にいっぱいあります。これどーしますか?」という状態なわけで、経営の巧い下手、生産性の少々の高い低いはほとんど関係ありません。そしてこの面から言えば答えは見えています。不要なものは「閉鎖する」しかないんです。

会社の閉鎖でも工場の閉鎖でもいいけど、とにかく「生産能力」自体が圧倒的に過剰なのですから。(これからブッシュ政権が始まるという時期なら、GMには戦車を作らせて助けるという方法が実はあるんですが、オバマさんは海外で戦争する気がないのでこの手が使えません。)

★★★

もうひとつの“社会保障制度”としてのGM問題。あちこちでよく言われている問題です。簡単に言えば“ビッグスリー”の社員というのはアメリカでは例外的に(まるで日本のような)社会保障、福利厚生制度の恩恵を会社から提供されています。

彼らに比べてトヨタやホンダの車に価格競争力があるのは生産技術云々の理由だけではなく、ビッグスリーが余りに多くを社員に約束しすぎてきているため、労働コストの差が大きいためでもありました。

したがってGMが経営破綻するという意味は、この社会保障や福利厚生を次は誰が供給するのか?という問題なんです。これも選択肢はたくさんはありません。アメリカ政府が提供する(日本のような国民皆保険的な制度をこれから作る)か、誰も供給しないかです。後者の場合、一部の社員は貧困層となり最低限の保証は政府が与えることになります。

これは民間企業の倒産という話ではなく、「米国の社会福祉制度を誰が担うことにするのか?」という議論です。彼らの“経済思想”の根幹にかかわる事態なのです。これがあるから“あのアメリカ”で自動車会社に税金をくれてやるなどということが議論になっているわけで、この点がなければ(単なる失業問題であれば)既に決着はついていたと思います。(=税金なんてありえない。潰れなさい、って方向で。)

★★★

というわけで選択肢は、潰れる、ごまかす、国営化(政府が助ける)する、の3つしかないのですが、もし「政府以外の誰かに助けてもらう」という再生への選択肢がありえるとしたら・・・それはもう世界には“中国政府”しかないんじゃないの?というのがちきりんの大胆予測です。


では中国にはGMを救済する意味があるでしょうか?中国はまだ“世界に輸出できる自動車を作る技術と経験”をもっていません。これを一気に手に入れられる方法と見れば魅力的なオプションと感じるかも、です。製造施設としては受給バランスからいって全く“不要”ですが、“製造訓練工場”としての価値にいくらか払う、という考え方です。

さらに「アメリカの本丸である自動車産業に慈悲深い救いの手をさしのべる」というのは政治的に大きなパラダイムチェンジを演出できます。中国ならそれにいくらか予算をつぎ込んでもいいと考えるかもしれません。(ただしアメリカ国民の心理的ショックは相当大きいと思います。)

しかもこの話をアメリカからもちかけて中国がそれに“応じてあげる”場合は、「そのかわり当面チベットのことは言わんといてや」とか条件をつけることも可能かも。

とはいえいくら中国でも米国の社会保障を引き受ける気はないでしょうから、ある程度問題を潰してから(=いったん破綻させ、労組との既存の約束を白紙化した後)でないと話は前に進まないとは思います。

これがまた産業組合だから難しいんだけどね。GMが潰れるとして、潰れてないフォードとクライスラーの労働者の権利も一緒に引き下げることができるか。なかなか難しい問題です。

★★★

ところでちきりんは今回、IBMが連想グループ(レノボ)にPC事業を売却した一件を思い出したんです。もしも今回GMが中国の会社になったら・・これってまさに「産業の国際移動」じゃん!?と。

昔アメリカにはテレビを作っているメーカーがたくさんありました。しかし日本企業との競争に敗れ“テレビ製造業”はアメリカから消えてしまいます。これは「テレビ製造産業がアメリカから日本に移動した。」とも言えます。IBM→レノボはそのPC版です。

それと同じように“自動車製造業”が北米から消えるかもしれないのです。そしてそれがどーんと太平洋を渡り、中国に移動するのです。(別に工場の立地はどこでもいいんですが。)


自動車というのはまともな商品を世界で作っている国が10カ国弱しかないんです。(工場のある国ではなくメーカーのある国ね。)今ややたらと拡大してますが、一番最初の“G7”ってのが“自動車産業を持ってる国”なんですよね。*2 

世界には200カ国くらいの国があるけど、残りの190カ国はこの10カ国から自動車を買っています。しかも実はその190カ国のうち普通の人が新車を買えるのは50カ国くらいです。残りの140カ国では「車を買う」とは「トップの10カ国の人達が乗り捨てた中古車を買う」ということを意味しています。

たとえば農業はほぼすべての国に存在します。小売り流通業も金融業も洗練度合いはともかくすべての国に存在するでしょう。自動車産業とは最も偏在している産業とも言えるわけです。すなわち、世界は「自動車産業をもてる国」と「持ってない国」に分かれていると言ってもいいくらいなんです。*3

世界で10カ国だけがその産業を独占している自動車産業。20世紀の“富と技術と力の象徴であった自動車製造業”がアメリカから消えるかもしれないのです。アメリカはその産業を持つ10カ国から出て行くかもしれない。そして中国が入ってくる。

こんなおもしろい“世界の変わり目”はなかなか見られない。



とか考えてわくわくしちゃっているコンラン・ラバー*4のちきりんです。



まあ、“妄想 on 妄想”なんで、とりあえず信じないでください。
ではでは〜。



*1:よい子の皆さんはちきりんの話なんて信じない方がよいです。ドル防衛について話し合ってるだけでしょう。

*2:カナダはおまけ

*3:鉄鋼業、半導体産業なども同じかな。

*4:コンラン・ラバーって何?という方はこちらをどうぞ。http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20080930