「能力のない人へ」ができるまで

今日は、先日書いた「能力のない人へ」というエントリができあがるまでのプロセスについて書いてみます。たまには“ちきりんブログの舞台裏”をお楽しみください。


きっかけは1ヶ月ほど前にみた“ガイアの夜明け”です。不振に陥った地方の旅館やホテルが、再建請負人の指導のもと事業を立て直すという特集でした。再建のプロと紹介されていたのは、関東近郊の人気ホテルやエンターテイメント施設の経営者で、再建ファンドに雇われて地方のホテルの再建指導をするとのこと。

舞台となる、とある地方ホテル。再建請負人(以下、再建リーダー)に指示された従業員達は必死になってコスト削減や売上増加策を考えるのですが、再建リーダーは週2回くらいしか現場にこられません。番組ではひとりの従業員に密着。彼は3日間ほとんど徹夜して、バス旅行のような企画をたてました。で、その案を東京からやってきた再建リーダーに説明。するとリーダー「これじゃ赤字でしょ。広告費が含まれてないですよね。やり直し」と。・・・しかも「ここまでやったんだから明日の朝までにできるよね」・・・「はい」みたいな会話が。

その時、ちきりんは思いました。「えー3日も徹夜したのに、また明日の朝までに資料作り直すの??」「この人、倒れちゃったらどうするの??」「脳溢血とか心疾患だと死んじゃうかもよ。これくらいの年齢だと小さい子供とかいそうだよ?」と。

そして思ったんです。「でも、こういう“スキル不足を根性と労働時間で補う”ってのが、日本のあちこちの企業で行われてるんだよなー」って。


この社員さんは、旅行企画を作るなんて初めてだったでしょう。大学をでて、地元のホテルに就職して、接客などホテルサービスの訓練は受けたはずです。立派なホテルマンだったかもしれない。でも、元々お客はJTB始め旅行会社がつれてきてくれるものであって、地方のホテルに企画や独自のマーケティング機能があったわけではありません。彼だってそんなスキルや知識をもってないのは当然です。

ところが会社が傾いた後、企画も、マーケティングも、損益管理も、なんの訓練も受けておらず知識もない人が、ある日突然「企画を作れ」と言われる。だから3日も徹夜する。3日後に突然だめ出しされて、また更に徹夜をする。


「なんて非効率なやり方なんだろ」とため息がでてしまいます。誰か(この再建請負人でもいいし、その部下として、そういうスキルを指導できる人でもいいけど)が、初めて損益管理を含めた企画案をたてることになった彼等に、3時間くらいベーシックなトレーニングとして、コスト計算や企画書の書き方を教え、また、3日も放っておくのではなく、一日に一回、作業途中の資料をメールで送らせて適宜アドバイスする、というようにしていれば、少なくともこの人は4日も徹夜する必要はなかったと思うんです。

でも、意図的なのか仕方ないのかしりませんが、そういう「ノウハウをきちんと学んで(教えて)効率的に仕事する」より「何日も徹夜して根性で仕上げる」ことをよしとする(もしくは、問題と思わない)なにかが、この国の職場にはあるよなーと。テレビをみながらそう思いました。

そこで「スキル不足を長時間労働で補うという愚」というメッセージが頭に浮かび、「今度これをブログに書こ」と思いました。これが始まりです。



次に、このコア・メッセージをどう書いて読者に伝えるようか、と考えました。ストレートに、「スキル不足を長時間労働で補うのは愚かしいですよね」と書いても、「そんなんあたりまえでしょ」って感じです。そんなんじゃ、おちゃらけ社会派の名が廃ります。

そこで思いついたのは、むしろ反対の主張にした方がメッセージは伝わりやすいかも、ということでした。反対にして、「スキルがない人は、長時間働いてスキル不足を補おう!」と書けば、多くの人が「ちきりんは何をアホみたいなことを言ってるんだ? スキル不足を長時間働いて補うなんて、愚の骨頂だ!」と思うでしょう。そうなればしめたものです。だって、それがまさにちきりんが伝えたいコア・メッセージなのですから。

こうして“煽り&反語スタイル”という伝達スタイルが確定しました。




コア・メッセージと文章スタイルは決まりましたが、これだけでは一日分のエントリになりません。文章は10行くらいで終わってしまい、「なんでわざわざこんなことでエントリを起こすの?」という感じです。

そこで、スキル不足を補う方法として、長時間労働以外によく使われる方法にはなにがあるだろう?と考えてみました。それがいくつか思いつけば、「スキル不足を補う方法はこの3つ」というようなエントリに仕上げられます。

で、いろいろ考えた結果、「情報の抱え込み」とか「一言ネガティブコメント」を思いつきました。能力がない人でそういうやり方でごまかしている人はたくさんいます。この3つなら、一貫したテーマにそってまとまりもできます。

こうして“エントリの骨格=プロットと構成”が頭の中でできあがりました。そこで、初めて文章に起こします。このエントリだと短いので10分くらい。倍くらい長いものだと30分近くかけて文章化します。



できあがった下書きを読み返してみます。すると、「この3つは、企画や会議が多い仕事をやっている人にはピンと来るけど、それ以外の仕事の人には意味がわからないかも」と感じました。情報を集めて加工、分析したり、それをもとに会議をする職業はそんなに多くありません。これでは「おもしろい」と感じてくれる読者数が少なすぎると思えたのです。

そこで、「なにかもっと一般的なことで、同じメッセージでくくれる事例はないかしら?」と考えて思いついたのが「自己啓発本」でした。今、書籍として最も売れているカテゴリーですから、買っている人も多いに違いない。それを題材にプロットを増やせれば、そういう人達にとっても「あるある!」と言えるエントリにできます。

というわけで、4つめのアドバイスを追記しました。なので、1ら3のアドバイスを読んで膝を打つ人と、4を読んで「そうそう!」と思う人は、別のセグメントかもしれないと今でも思っています。




最後に、告知方法を考えます。タイトルは採用した「能力のない人へ」というのがシンプルでインパクトがあると思いましたが、これだとプチ炎上するかな、とちょっとだけ日和りました。

でもタイトルをぼかすと全体にぴりっとしなくなるので、やっぱりこれでいくことに決定。あの高ピーなちきりんが「能力のない人へ」なんて書いてたら絶対クリックしたくなるだろう、と思えてわくわくしました。

その代わり冒頭の注意書きを赤字で加えました。いつも読んでいる人はいいのですが、検索でいきなりこのエントリだけを読みに来る人も多いので、何も書かないとマジだと思われる可能性があります。


最後にもう一度読んでみました。


うーん、やっぱりプチ炎上必至?と思えたので、もう少しなにか工夫ができないかしら、と。で、ブログ更新のお知らせツイートを下記のようにしました。


  

これで「ちきりん自身も、あのタイトルはやばいかも、刺激的過ぎるかも、って自覚してるんだな」ということが伝えられます。しかもこれをつぶやいた後にすぐ寝てしまえば、朝までずっと「最新ツイート」としてこの発言はブログのフレームにも表示されますから、ツイッターをやっていない人にもその文章を読んで貰えます。


おー、これでいーだろーということで、アップロード。


気をつけた効果かどうかはわかりませんが、思ったよりたたかれてなくてほっとしてます。「スキル不足を、長時間労働のような、くだらない方法で補うことの愚かしさ」というコア・メッセージが伝わっていれば、とても嬉しいです。(まあでも適当に解釈してもらえればいいので、全然違うメッセージが伝わっていても、それはそれでOKです。どうせおちゃらけだし。)


以上、エントリの裏側シリーズでした! (シリーズなのか?)


そんじゃーね!