There is no alternative to market.

私は無駄な議論が嫌いなので、「市場経済はよろしくない」という人と話す機会はありません。

だから、「その批判は変ですよ」と説明する機会もないのですが、でも、そういう時に使えるお手本のような文章が、先日紹介した野口悠紀雄氏の著作にあったのでメモ的に残しておきます。(青太字にしたのはちきりんです。)

市場原理主義批判は虚構に対する攻撃


市場経済が望ましいとする立場は「何をやってもよい」という意味での自由放任を認めているわけではない。

市場メカニズムとは、「一定の明示的なルールの下で各経済主体が自主的に判断する」という仕組みだ。

ルールがしっかりしていないと機能し得ないのである。


サッチャーは「新自由主義」を様々な言葉で表現しているが、「市場を代替するものはない」(There is no alternative to market. 略してTINAと言われる)という表現が、最もわかりやすいだろう。


TINAは、「市場が完全無欠だ」とか、「市場はすべての問題を解決する万全の手段だ」などと主張しているわけではない。

市場システムに原理的な問題があることは、十分に認識されている。


市場を代替する資源配分のメカニズムは、存在しない。

少なくとも、社会主義や国営企業は、市場の欠陥を是正する手段にはなりえない。

だからやむを得ず市場システムに依存するしかない」というのがTINAの主張である。

下記も“社会主義VS資本主義”の比較として書かれたものだけど、ちきりん的注目点は「集権と分権」というところ。

中央集権指向、“頭のいいリーダーが国を率いてくれる的思想”は“市場の思想”と相容れない。私は道州制、地方分権支持者です。

市場経済はなぜ歴史遺産を残せるのか


文化を残すのは市場なのだ。なぜそうなるのか? 

基本的な点は集権と分権の差だ。

社会主義は必然的に集権にならざるをえず、市場経済は本質的に分権的だ。

そして多くの人の判断が反映される分権社会では、極端に間違ったことは起りにくいのである。

ところで2010年の4月に出版されたこの本では、アイルランドが絶賛されてます。

欧州で最も貧しい国のひとつだったのに、15年でいきなり「一人当たりGDPが、日本よりアメリカより高い国になった」のだから。

でも現状の騒ぎを見る限り、それはやっぱり「レバレッジ効かせすぎ」であり、バブルだったということなんだよね。


私はそれでも彼らが採用した「教育に投資し、外資に国を開き、法人税を安くし・・・」という政策が間違いだったとは思いません。

野口氏も下記で書いているように、時に市場は暴走します。その渦に巻き込まれた個々人は本当に悲惨な目にもあう。

だからミクロの個人に光を当てるなら肯定できない政策かもしれない。


「それでも、市場しかない」んだよね。
それが答えです。



リーマンショックについての野口氏の総括は下記のようなものです。

2007年からの世界金融・経済危機は、世界経済の大転換だったのだろうか?

それは、資本主義が壊滅する過程だったのか?

それは、アメリカが退場し、中国が世界経済をリードする時代の幕開けだったのだろうか?


「そうではなく選別過程だった」というのが、本書の立場である。
経済危機とは、企業と産業の、そして国家の、壮大な選別過程だったのだ。


市場は、時として歯止めを失って暴走する。

それによって、混乱の大暴風雨が発生する。

しかし、それは一種の自動調節装置なのだ。暴風雨の中でいきすぎが是正され、ブームへの便乗組とニセモノが振り落とされるのである。つまり、これは、大規模なストレステストだったのである。

なんと野口先生も“混乱Lover”だったんですね!



ところで、サブプライム・デリバティブの損失を“リスク管理”によって最小限に抑えたアメリカの金融機関があります。

JPモルガン・チェースです。彼らが危機管理に成功した最大の理由は、CEOのジェイミー・ダイモン氏が市場リスクを理解していたからとのことですが、この人が(リーマンショックが起る前に)言っていた言葉がたいへん興味深いです。それは、


「だいたい5年に1回は、何か悪いことが起ると考えるべきだ。」


ざっくりいってそういうこと。名言ですね。



ただし、野口氏とちきりんは意見が違うところもあります。本の中には、

「60年代の末に最初に留学したとき、私は目がくらむばかりのアメリカの豊かさに圧倒された」
「しかし10年もたたないうちに、事態は大きく変わった。」
「私はいま、40年を経て元の地点にもどってきた思いを強く持っている。日本は再び世界から忘れ去られ、東洋の小さな島国に戻りつつあるとあらためて感じた。」

というような文言があるんです。


野口氏は60年代の大繁栄するアメリカを実際にみています。

当時の日本は今とは比べようもない状態だから、当時の彼我の差はまさに驚嘆ものだったのでしょう。

そしてその後、80年代にアメリカが苦しみ尽くしている時には、“アメリカに羨望される日本”もよくご存じのはず。当時は「野口先生、日本の秘密を教えて下さい」と、多くのアメリカの学者や経営者から教えを請われていらしたのでしょう。

そういう立場の人にとって、今の日本がどうにも情けなくみえるのはよくわかります。それは次のような文章にも表れてます。

ただし、いまと40年前のすべてが同じであるわけではない。

最大の違いは、40年前にわれわれが持っていた「希望」が、いま日本にないことだ。

40年前われわれは、「明日は今日より豊かになる」と確信していた。


このあたりは、ちきりんはちょっと違うんだよね。

私は未来は明るいと思っているし、この国は本当にサイコーだと思ってる。

毎月 30万円ずつ生活費を支給しますといわれても、中国にもインドにもシンガポールにもアメリカにもイギリスにも南の島にも住みたくない。

政治家なんかちょっとくらいアホでもなんの関係もない。経済において世界でトップになる必要なんてまったくない。

大事なのは今日のご飯がおいしいこと。世界が日本のメシのおいしさに追いつくには、最低でもあと 20年はかかるでしょう。


そんじゃーね。


経済危機のルーツ ―モノづくりはグーグルとウォール街に負けたのか

経済危機のルーツ ―モノづくりはグーグルとウォール街に負けたのか

本の内容についての感想は先日のエントリをどうぞ→(「戦後の世界経済が俯瞰できる本」



そんじゃーね。


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