東京は何処を目指し、誰と戦うの?

前回、「都知事選の争点となるべき課題は?」 というアンケート をしたところ、突出して高い支持を集めたのが「国際都市としての競争力強化(観光、富裕層政策などを含む)」という回答でした。

そこでちきりんブログでは、この点について(都知事選までの間、これから何回か)考えていきたいと思います。各エントリでは、私がなんらかの提案(主張)をしますので、みなさんも是非それぞれのご意見を考えてみてください。


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“国際都市としての競争力強化”が東京の重要課題だと答えた人が多かった背景には、「国と国との競争」という従来の国際競争の枠組みに加え(もしくは替えて)、「都市間競争」の時代が始まっているという認識があるのでしょう。


そして多くの人が(私と同様)、
・東京という都市は、グローバルな競争力を持ちえる都市である(世界のトップ都市を目指せる)
・しかしながら、そのためには、これから更なる戦略や政策、努力が必要
・東京の都市競争力が高まることは、東京にとって、そして日本にとって大きな価値がある
と考えているのだと思います。


その上で、“トーキョー”が目指すべき場所を考えた時、そこには異なるふたつの方向性があります。それは、
1)ニューヨーク、ロンドン方向 (“伝統都市”と呼びます)
2)シンガポール、ドバイ方向 (“戦略都市”と呼びます)
のふたつです。


この2つは全く異なる方向であり、私は、東京が目指すべきはニューヨーク、ロンドン方向だと確信しているわけですが、このふたつはどう違うのでしょう?


まず、前者の方向を目指せる都市は、極めて限定的だということです。

そこには、政治的な安定性や治安、一定レベルの衛生状態や住民の教育レベルが不可欠なことはもちろん、それなりの人口集積と物理的な広さが必要となります。


そしてそれ以上に、歴史に裏付けられた多彩な文化の蓄積が重要であり、
・人工的できれいに整った先進的なもの
・自然
・歴史的に育まれた猥雑な生態系としての文化(しかも複数の)
が、3つとも揃っていることが必要です。


こういった初期条件を備えた都市はそんなに多くありません。ニューヨークやロンドンやパリ、ウィーン、ローマなどの西欧の諸都市、東京や上海、北京やバンコクなどのアジア圏の都市、あとはイスタンブールや(寒いし、いろいろ厳しいけど)モスクワあたりでしょうか。

そして、そういった条件を欠いている都市が競争力を持とうとした場合に取るのが、極めて人工的で戦略的な都市価値の向上策なのです。

シンガポールやドバイはこの方向で努力し、一定の成果を上げています。前者は、徹底した合理主義、市場主義によって、後者は財力(ペトロマネー)によって、魅力ある都市を力づくで建造しようとしています。


時々「東京をシンガポールのように」という意見をみかけますが、(個別の政策において真似すべき点はあっても)「都市として、目指すべき方向」でいえば、私はこの意見には全く同意できません。

極めて豊かな都市資産を持つ東京が、「何も持たない都市の競争政策」を真似る必要など、どこにもないからです。


シンガポールやドバイには、世界の大金持ちが居宅やセカンドハウスを持っています。納税地やビジネス拠点を置いている人もいるでしょう。

しかし、これらの都市に住む富裕層で「一年中、シンガポールにいる」「一年の大半をドバイで過ごしている」などという人はどれほどいるのでしょう?

「居住地はシンガポールだけれど、多くの期間を世界の(もしくはアジアの)他都市を回って過ごしている」、「ドバイにレジデンスと別荘を持っているけれど、いつもはロンドンにいる」といったお金持ちも多いのではないでしょうか?


わたし個人的には、あんなところに 1年もいるなんて退屈すぎて不可能です。一方、東京やニューヨークには、一年の大半をそこで過ごしていても(そして何年も続けてそうしていても)飽きないだけの奥行きの深さがあるのです。

さらにいえば、「仕事なしで、シンガポールにずっと住む」って、かなり退屈なんじゃないかと思いますが、東京やニューヨークなら、仕事なんかせずに一年中遊んでいても、遊び飽きることはないでしょう。


この 2種類の都市の方向性は全く異なるものであり、それぞれにとって必要な施策も異なります。

たとえば、戦略都市にとって税金が安いことが重要だという指摘は理解できますが、伝統都市にとって、その施策の優先順位が高いとは思えません。ロンドンは、税金が安いから世界のトップ都市なわけではないでしょう。

また戦略都市にとっては、一貫したポジショニングや統一的なイメージが重要ですが、伝統都市の方は反対に「あまりに多面的で、一言では語れない」ことが、その魅力です。

だから、すべてをゼロから設計しなおして、統一したイメージのもとに再構築する、といった施策は、伝統都市の魅力を破壊してしまいます。


また、いずれの都市にとっても「誰にでもオープンで、多様性を確保すること」は重要ですが、戦略都市が「ローカルな人がほとんどいない=極めて少数派である」状態でも成り立つのに対して、伝統都市においては、「ローカルな人、ローカルな文化、ローカルなルール、ローカルな思考」が、主要なグループとして存続し続けることが、必要不可欠な要素となります。

すなわち東京には、「日本語しか話せない人が、常に一定数いる」ことも重要だということです。「生まれてから一度もロンドンを離れたことがない」人や、「ニューヨーク以外の世界には全く興味がない」人が一定数いることが大事なようにね。

そして、この「日本語しか話せない人が、常に一定数いる」ことは、「日本語を話せない海外の人が、その街を楽しむことが可能」という状態とも十分に両立できるし、まったく相反したりはしないのです。


今回のアンケートへの回答者の半分が、「国際都市としての競争力の向上」を、東京にとって最も重要な政策課題だと考えていました。

では、そう答えてくれた皆さんにとって、東京が目指すべき国際都市の方向性はどっちなのでしょう? 私たちは誰を(どの都市を)意識し、競争していくべきなのでしょう?


そんじゃーね


<都市に関する過去関連エントリ>
・「街はローカルが勝ち!
・「大都市のターミナルは消費のブラックホールへ
・「東京すごい! 世界の都市人口ランキング