霞ヶ関と永田町の、遙か先ゆく消費者たち

もうすぐ消費税率が上がるので、これまでの「消費税の歴史」を振り返っておきましょう。

消費税が日本で最初に導入されたのは 1989年4月、3%の税率で始まりました。

必要性自体はその 10年も前から議論されていましたが、国民の反対が大きくなかなか導入できませんでした。

ようやく導入されたあと、竹下総理(当時)はリクルート事件の余波もあって退陣。


ちなみに 1989年はバブルの絶頂期で、3%くらいの値上げは正直どうでもよかったのですが、

それまでほとんど必要なかった一円玉や五円玉が財布の中に増え始め、支払いがめちゃくちゃ面倒になった記憶があります。

当時はキャッシュレスの決済手段もなく本当に不便で「早く、端数の出にくい5%にしてくれ」と思ったくらい。

★★★

その 8年後、1997年の4月に税率は 5%に上がりました。2%上げるために 8年もかかるんだからホントに消費税は大変。

この時は橋本総理の時代でしたが、こちらも数ヶ月後には山一証券の廃業といった金融危機が、さらにはアジア通貨危機も起こり、日本経済は大混乱。

消費税で景気が悪化したわけでもないのですが、政治家にとって消費税を上げるのはものすごく勇気の要ること(悪い状況に陥るきっかけとなる)といったイメージが固まります。

★★★

3回目の増税は 2014年4月。前回から 17年目。ここで税率は 8%に。

この時はものすごい額の駆け込み(買いだめ)と、増税後の買い控えが起こり、増税後、1年以上にわたって個人消費が落ち込みました。

前 2回の消費税導入・増税時に比べても、そのインパクトはかなり大きかった。

理由はいろいろあるんでしょうが、3や 5と違って、8は 10(二桁)に近い。

前回の増税から時間が経っていたことや、10%への増税スケジュールも合わせて公表されたため、国民には一種の恐怖感 (今なら5%の消費税だが、すぐに10%になってしまう! 急がないと消費税が倍になる! 的な焦り)が生まれたんだと思います。

家や自動車のような高額商品はもちろん、生活家電から食料まで、幅広い商品で大量の買いだめ・駆け込みと(増税後の)買い控えが起こりました。

その結果、日本経済は長く停滞することとなり、この時の「やっちまった感」が、今回の安倍内閣や霞ヶ関の(ややパニック的とも思える)増税後のバラマキ政策の背景になっています。


なんだけど。

次の増税の 2019年10月を控え、前回と同じような駆け込み・買いだめが起きているかというと・・・

まったくそんな気配は感じられません。

政府や官僚は「増税後の買い控え防止策をあれこれ打ち出した効果である。えっへん!」と思っているのかもしれませんが、

果たしてそれだけだと思う?


私にはそうとは思えません。

政治家が 5年半前の「消費増税による、大規模な駆け込み&買いだめと、買い控え」の恐怖に怯えているなか、

消費者側はこの 5年半ですっかり「消費行動を変えてしまった」んじゃないかと。それが理由で、駆け込みが起こってないんじゃないかと、思えるのです。


てか、今回は大規模な駆け込みが起こってないどころか、ツイッターを見てると「そういえば 1ヶ月後に消費税あがるんだった。忘れてた」的な人もいて、

そもそも消費税が上がることに(一般消費者の)関心さえ薄れてる気がします。


いったいなぜ、今回はここまで様子が異なるのか?

この 5年半でなにが起きたのか。

について、今の時点で私が(自分のアタマで)考えたことを書き留めておきましょう。

1.もの離れ、もしくは「モノからコトへ」

5年半前に比べ消費者はモノを買わなくなり、一方でコトに使うお金の比率が増えています。

モノは買いだめできますが、コトは使いダメできません。

いくら消費税が上がるからといっても、「その前にキャンプに行きまくる」とか「その前に旅行に行きまくる」なんてナンセンスです。

コト消費には時間も必要なので、「まとめて済ませる」のも難しいし、

「毎夏、家族でキャンプに行く」から楽しいのであって、「増税前に 5回行って、そのあと数年は我慢する」みたいなことにはなりません。

そもそも以前の駆け込みの対象であった典型的なモノ、たとえば自動車や家なんて「一生買わなくていい」と考える人も増えているし、

高齢者の「終活」に伴う断捨離ブームなど、最近は老いも若きもモノ離れが顕著です。

コンマリさんブームを持ち出すまでもなく、多くの人は家の中に溢れるモノをいかに減らすかに腐心しており、「増税前にぜひ買っておきたいモノ」なんて何もない、という人も多いのです。

2.シェア、レンタル、サブスクリプションの増加

今までなら「一度に大金を出して購入し、それを数年間使い続ける」のが普通だった。これなら増税前に買っておく意味があります。

でも、レンタルするなら「必要な時に払う」しかなく、「不要だけれど、増税前に借りておく」なんてありえません。

サブスクリプションについても毎月払うしかなく、「払いダメ」はできません。

音楽CDを買うなら増税前にと思うけど、spotify や amazon prime を増税前に駆け込んで買う必要はないし、

DVDデッキの買い換えなら増税前のほうが安く買えるかもしれないけど、Netflix や Hulu を増税前に契約しても安くはなりません。

年払いなど長期の前払いにする方法はありますが、今は変化の速い時代。向こう一年間、同じサービスを使い続けるかどうかも不確定で、少々の割り引きで飛びつく人は多くありません。

これはスマホなどの通信料金も同じで、今はモノの購入費より「毎月の支払い額」のほうが大きい、という人も多い。

シェアに至っては「買う」行為さえ不要になってるし。

と、このように「お金を払って所有権を得る」というタイプの消費行動が減り、「お金を払って使用権・便益権を得る」という取引への移行が進んだこと。

これも駆け込みが盛り上がらない理由でしょう。

3.個人間売買の増加

消費税は個人間売買にはかかりません。なので増税も関係ない。

メルカリで売買されるモノは、今でも消費税はゼロ。これからもゼロ。

これは不動産のような大きなものでも同じ。

中古マンションの売り手が不動産会社なら消費税を払う必要があるけど、個人が直接売りに出してる不動産を買うと、消費税はかかりません。(※土地はいずれにせよ非課税)

これに限らず、個人間売買は「消費税がかからない」という大きなメリットがあるので、消費税率が上がれば上がるほど店で買うより有利になります。

中古車や中古マンションだって、今は「安心」という理由で中古車販売店や不動産会社から買う人が多いけど、今後はネットを介した個人間売買が増えてもまったくおかしくない。

なんせ 10%も値段が違ってくるんだから。

4.買いだめマインドの低下

ふたつの理由で、買いだめマインドが減ってると思います。ひとつは共働きの増加。

以前は専業主婦家庭が多かったので、家計防衛といえば「毎朝チラシを見比べ、一円でも安いスーパーを探してハシゴする」が定番でした。

でもワーキングマザーには、そんな面倒なことしてるヒマはない。それどころか「少々割高でも便利な宅配やネット通販を使う」みたいなトレンドが顕著です。

一円でも安いものを求めてスーパーをハシゴする主婦には、消費税前の買いだめは「当然の行為」=「そうしないなんてバカ」なのかもしれませんが、

「必要な時に必要なものをネットで注文」する人にとって、買いだめは「自然な行為」ではありません。むしろ違和感のある行為です。


もうひとつは、毎日、お酒と煙草をたしなむ人の減少です。

消費税ではなく酒税、たばこ税という個別の税金がかせられていますが、このふたつは「買いだめ商品の代表」で、どちらも増税前には大きな買いだめが起こります。

ところが、煙草はもちろんビールに関しても「毎日かかさず晩酌する」みたいな(昔はどこの家にもいた)お父さんが減ってるんじゃないかと思います。

つまり今や、人生において「買いだめ」なんてしたことのない人が多いんじゃないかと。

そんなことをする習慣自体が昭和の遺物になってると思われます。

5.安く買う方法の多様化

消費税が 2%上がるから買いだめして安く買う、以外の「安く買う」方法が今はたくさんあります。

ネット上には価格を比較するサイトが溢れており、底値で買うのと、調べもせず買うのでは、価格に 2%以上の差がつくなんて日常茶飯事です。

さらにネットで価格の推移が一目瞭然となったことで

「家電メーカーは 2年ごとに全くスペックの変わらない製品を出して新商品だと主張して値上げする。だからこのタイミングで型落ち商品を買うのが最安値だ」

なんてことが、素人にまでわかるようになってしまいました。

だから、たかだか 2%のために買い急ぐより、じっくり比較したり、型落ちタイミングを待ったほうが安く買える。

さらに最近流行りのスマホ決済なら、買い物額の 2割が還元されたりする時代。

ほんとに得をしたいなら、数%のために買いだめするより、そういうアプリをダウンロードした方がよっぽどいい。

このように、いまや消費者は買いだめなんかよりはるかに「安く、時には底値で買える方法 」= IT技術とネットインフラを手に入れてしまいました。

これも以前との大きな違いだと思います。

6.格差の拡大

経済的な格差がますます大きくなってることも、駆け込みや買いだめが起こりにくい理由でしょう。

お金に余裕のある人は「たかだか 2%上がるくらいで、慌てて買う必要はない」し、経済的な余裕のない人は「そもそも買いだめする余裕もない」っぽい。

経済力に加え、モノの値段も差が大きくなってる。

コンビニのアイスって、昔は大半が 50円から 100円の間だったけど、今は(うっかり値段を見ずに買うと) 250円とか 300円だったりも!

買いだめなんかするより、「アイスを買う前に値札をみる」ほうがよっぽど節約になる時代です。


★★★


以上!

この 6個が、私が考えた「今回の消費税増税で、駆け込みや買いだめが以前ほど盛り上がらない理由」です。

もちろん 9月末になれば、「もうすぐ無くなるシャンプーを早めに買っておこう」みたいな小規模な駆け込みは発生すると思います。

でも、その規模は今までとは比べものにならないくらい小さいんじゃないかと。


これを、政治家や官僚は「消費税対策が成功したぜ!」と思うのかも知れません。でも、ほんとにそうでしょうか?

何年も前から頭が止まってしまい、「以前起こった買いだめや駆け込みが今回も起こるはず」と信じて、増税後のあらゆるバラマキ策を(万全に!)用意してる人達を横目に

消費者はどんどん先に進んでしまってる。

そんな気がする今日この頃。



そんじゃーね!


※今日は「駆け込み・買いだめが起こらない理由」を書きましたが、増税後の買い控えは(分野局所的にかなり)起こるはず。そちらについてはまた後日。

※相変わらず「何を先に買っておくべきで何を増税後に買うべきか」みたいな特集ばっかりやってるマスメディアも、頭が止まっちゃってると思います。

消費税の税率は過去にも上ったことがあるので、今回も今までと同じ報道をしてればいいと思ってる。そうではなく、世の中が変わってきてるって点にこそ注目しないといけないのに。