日本のキッチンの進化について考えてみたので、自分用のメモとして。
ステージ1 流しとカマドの時代
時代劇でみる江戸や明治時代の庶民の台所は、長屋の玄関を入ってすぐの土間に、流し(シンク)とカマド(コンロ)があるだけだよね。
カマドは薪が燃料で、竹の筒で空気を吹きかけて火力を上げる。
流しの水は井戸水で、江戸時代だと長屋の一区画にひとつ井戸があって、そこで汲んできた水を台所の水瓶に貯めておいて使う。
少し時代が進むと庭に井戸があったり、手で動かすポンプで汲み上げたり。
ただ、当時のドラマで見るかぎりコンロとシンク以外の、独立した調理台はあまり目にはいらない。
これはおそらく「まな板は(調理台ではなく)流しで使うもの」だったからじゃないかな。
今と違って野菜は(スーパーで買ってくるわけでもなく)泥つきで手に入るから、洗いながら切る必要があるし、
魚だって切り身で売ってるわけじゃないから家でさばくことになる。
今とちがって「泥や血を洗い流しながら」切ることになるので、まな板作業は”流し”=今のシンク上で行うことになる。
つまり当時の台所は、「洗う&切る」エリアである流しと、「加熱するエリア」であるカマドから構成されてた。
んだけど実はコンロとは別に、とある「ポータブル調理器」も存在してました。
それが「七輪」
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干物をあぶったりサンマを焼くのに使われ、燃料は炭とか練炭。
カマドがあるのに別途、七輪が必要だったのは、「当時の台所には換気機能が無かったから」でしょう。
土間とはいえ台所は屋内にあるので、魚を焼くと家中に煙が充満します。
なので庭など屋外で魚が焼けるよう、「持ち出せるカマド」として七輪が使われていたと想像します。
以上まとめると、この時代のキッチンの特徴は下記の 3点。
・土足エリアである土間にあった
・基本要素は 流し=シンクと かまど=コンロ
・唯一のポータブル調理器が七輪
このキッチンは、次にどう変わったか?
ステージ2 屋内キッチンの時代
日本で庶民のキッチンが変わったのは、高度成長期に団地が現れてから。
キッチンに限った話ではないのですが、このタイミングで日本人の住環境は大きく変化します。
団地キッチンと、それ以前のキッチンの最大の違いは「キッチンが土足エリアから、スリッパエリアに移動したこと」
つまり、「靴を脱いで使う場所」になったんです。
これ、なぜそうなったか、わかります?
「団地はビルなんだから、土間とか作れないだろ?」と思うかも知れませんが、玄関土間はいまでも存在してるので、団地でも玄関土間のすぐ奥に「土間キッチン」を作ることは可能です。
が、キッチンは「靴を脱いで使うエリア」に変化しました。
なぜか?
私が(自分のアタマで)考えついたその理由は「上下水道や電気配線、換気設備が整ったから」です。
水は井戸やポンプで地下水を汲み上げるのではなく、水道の蛇口からでてくるものとなり、コンロも薪をくべる必要はなく、ガスで着火するようになった。
しかもスーパーでは魚も切り身で売ってるし、野菜には泥も付いてないから、キッチンが今までほど汚れない。
このため「土間エリアじゃないと無理」だったキッチンが「屋内エリアでもOK」になったのです。
で、七輪はどうなったか?
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団地には七輪を使える場所がありません。でも電気で動く換気扇がキッチンにつきはじめたため、魚も屋内のキッチンで焼けるようになりました。
そう! 「魚焼きグリル」の登場です。
ちなみに欧米のキッチンには、大きな塊肉を焼くためのオーブンが付いている一方、魚焼きグリルはついていません。
キッチンとは、その国の食生活をそのまま反映した設備なのです。
以上、ステージ2では次のような変化が起こりました。
・電気、ガス、水道など社会インフラが整備され、キッチンが土間から屋内に移動した
・七輪が使えなくなり、かわりに魚焼きグリルがキッチンにつけられた
あと、下記のコメントも「そのとおり!」と思えたので追記。さすがは「暮しの手帖」、すばらしい洞察です。
しゃがんで調理するから立って料理するへの移行も入れて欲しいところです。暮らしの手帖が、戦後早い時期にそういうキャンペーンやっていました。
— arh (@akirath86) December 4, 2019
ステージ3 専用家電が登場した時代
その後キッチンにはさまざまな専用家電が登場します。
冷蔵庫は調理器具ではないので、ちょっと置いといて、普及率が高い調理家電といえば、まずは「炊飯器」
これは「ほぼ毎食コメを食べていた国&時代」としては当然のことでしょう。
次に「朝はパン食」という家が増えたため、トースターやオーブントースターが普及します。
これ、戦後の給食でパン食になれた人が増えたこともありますが、
高度成長時代、農村人口がサラリーマン人口に大きくシフトするなかで「コメは無料」な農村家庭が減り、
「コメもパンも店で買う」時代になったため、三食コメを食べる経済的なインセンティブが失われたことも理由のひとつでしょう。
その次に普及したのが電子レンジ。これは、「食べるタイミングと作るタイミングの分離」がきっかけです。
高度成長期以前は、「食事は作ってすぐ食べ切る」ものでした。だから「温め直し」なんて不要だった。
ところが高度成長期、会社員のお父さんだけ、ずっと遅く帰ってくる、みたいな時代になると、一度作ったご飯の温め機能が必要になる。
同時にレトルト食品やコンビニが増え、「買ってきたモノを温めて食べる」というスタイルも電子レンジを必須にします。
つまり炊飯器までは「従来の食生活を便利にするための調理家電」だったけど、
オーブントースターと電子レンジは職業構成の変化(農家減少と会社員の増加)や、家族構成・ライフスタイルの変化によって普及、定着した家電なんです。
ここまでの(ステージ 1から 3への)変化は
土間キッチン → 屋内キッチン → 調理家電の登場
と、かなりドラスティック=大きな変化なのですが、ここからのキッチンの変化はあまり大きくありません。
たとえばバブル期あたりに「システムキッチン」という商品が現れたけど、あんなの各パーツの継ぎ目がなくなり、ガスコンロがキッチンセットの中に組み込まれただけだし、
IHコンロは、電力会社がガス会社の市場を奪うため推し始めた調理具です。
社会やライフスタイルの変化といった「需要側のニーズ」から出てきた変化ではなく、「供給側=キッチンメーカーや電力会社の思惑によって作られた変化」に過ぎません。
★★★
ところが今、日本のキッチンには4回目の(需要側からの!)変化が起こりつつあります。それは何か?
ステージ4 調理家電が主役のキッチン時代
勝間和代さんは「キッチンにコンロは不要」と断言し、ほとんどコンロを使わず毎日の料理をしています。
我が家もリノベ後は、コンロを一口にしてしまいました。魚焼きグリルもついてないので、排気口カバーもなし!
↓
リノベから1年たちましたが、コンロが一口で困るどころか、なくても「なんとかなるかも?」とさえ思えます。
だって
・お湯を沸かすのは電気ポット
・魚や肉を焼くのはデロンギオーブン
・煮もの、カレー、シチュー、スープなどはホットクック
・温め直しや、野菜の下ごしらえは電子レンジ
・ご飯を炊くのは炊飯器
・湯煎や簡単なボイル調理は電気鍋
・(これだけもってないけど)揚げ物は電気フライヤー
という私にとって、コンロは「調理機器のひとつ」に過ぎません。
これまで「キッチンの主要構成要素であったコンロ」は、今や「調理器具のひとつ」に過ぎなくなりつつあります。
「数ある調理器具のひとつ」となれば、調理スタイルによっては「不要」と考える家庭もでてくるでしょう。
★★★
ちなみに最近のリノベ事例の間取りを見ていると、水回りと呼ばれるキッチン、バス、トイレのうち、キッチンだけがリビングとオープンにつながった「メインエリア」に位置づけられ、
お風呂とトイレは相変わらず「水回り」として、端のほうの狭いエリアに閉じ込められているケースが増えてます。
しかも、お風呂やトイレは長い間ほとんど面積が代わっていませんが、キッチンに関しては「LDKの半分がキッチン」みたいな家まで登場してます。
なぜキッチンだけが「水回り」から脱出し、こんなに出世してきてるのでしょう?
ふたたび、「あたしが自分のアタマで考えた理由」(=あってるかどーかは知らない、の意味)を書いておきましょう。
以前のキッチンは「主婦が家族のために食事を用意する場所」でした。
作業所であり、裏方の場所だったから、分離され、隠されてた(リビングでくつろぐご主人様の目に入りにくくされてた)のでしょう。
でも共働き家庭では、女性だけが隔離されたキッチンで、「ボク食べる人」のため働くなんてありえません。
だからキッチンは主役としてリビングに躍り出てきたのです。
玄関脇の土間キッチンからリビングと融合して主役エリアへ!
明治から令和にかけて、キッチンほど出世したスペースは他にないんです。
★★★
さらにもうひとつ、ライフスタイルの変化がキッチンにもたらしつつある変化。
それは「目を離せる調理器具の増加」です。
共働きの増加により、料理だけでなく家事全般の生産性をあげることが求められ、ルンバや食洗機、洗濯乾燥一体機などが急速に普及しています。
これら大人気家電の特徴は「家電が稼働中にその場を離れてもOK」なこと。
つまり「放置できること」です。
ルンバにより掃除中に家にいる必要がなくなり、食洗機により洗い物中にキッチンにいる必要がなくなり、洗濯乾燥一体機により、洗濯が終わるタイミングを見計らって、洗濯機の前まで戻る必要がなくなりました。
ところが「加熱調理」に関しては、なかなかこのイノベーションが起りませんでした。
調理中ずっと近くにいなければならないコンロは(ガスであれIHであれ)非常に不利です。
そうした中、ホットクックを始め、コンロに代わる専用調理器具がどんどん増えてきたのは決して偶然ではありません。
もはや「家事」に使う道具で「一瞬も放置できない家電」なんて売れないのです。
★★★
さてここからが本題です!
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(なんと今から!?)
実はこういった「4回目のキッチンの大変化」に、キッチンメーカーはまったくついてこれていません。
彼らは「魚焼きグリル」の名を「グリル」と変え、その新たな使い方をアレコレ提案していますが、
もはや「メインのおかずは焼き魚」な時代は終わっているし、いくら高機能化しても、あんな面倒な位置(かがみこまないと中が見えない高さ)についた家電が使いやすいわけがない。
しかもどんだけ手入れが面倒なんだか。
それ以上にどうかと思うのが、コンロを3つもつけておきながら、調理家電を置く場所がまったく想定されていない「システムキッチン」を作り続けるセンスです。
先日テレビで「パナソニックが新開発したオーブン型自動調理機をモニター家庭が使ってみる」という宣伝番組をやってました。
ごく一般的なマンションのキッチンで綺麗に片付いていましたが、「モニター消費者以外で、こんなデカイものを置く場所、どこの家が確保できんの?」ってくらい大きい。
バカ売れしてるホットクックも最近は小型機を出してきましたが、置く場所が確保できないから買えていないという人も多いはず。
我が家が「すべての調理家電がきれいに収まるキッチン」を実現できたのは、リノベ時にセミオーダーで専用棚を作ってもらったからです。
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勝間さんのことを「極端な人」と捉え、私のキッチンを「特別な例」と思う人もいるでしょう。
でもいまや、普通の人の中にも「調理家電が主役のキッチン」を希望する人は既にたくさんいるはずです。
なのに大手のキッチンメーカーはまったくそういう商品を作らない。そういうキッチンがほしければ、オーダーキッチンしか選択肢がないのです。
今後、普通の値段で「調理家電を主役とするキッチン」を作ってくれるキッチンメーカーがあれば、ぜひコラボしてお手伝いさせていただきたいくらい。
以上、キッチンの進化について考えたことをまとめておきました。
1.流しとかまどの土間キッチン
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2.シンクとコンロと魚焼きグリルの屋内キッチン
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3.炊飯器と電子レンジが必須の家電併用キッチン
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4.調理家電が「主役」のキッチン
たったこれだけのコトを言うのにどんだけ長い文章を書いてるんだか、って感じですが、他にも似たような話を他の商品に関して書いているので、メーカーで商品設計に携わっている人にはぜひ読んでみてほしいです。
chikirin.hatenablog.com
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