一ヶ月ほど前、6月18日に「改正貸金業法」が完全施行されました。2006年の12月に成立した法律で、最も重要な、
(1)上限金利の引き下げ
(2)総量規制の導入
の適用が始まったのです。
これにより貸し出しの上限金利は20%となり、それ以上の利子は無効で刑事罰の対象となります。さらに個人については、年収の3分の1まで(複数の会社から借りている場合は合算して)しか借りられなくなります。総量規制の趣旨は「返済能力を超える借金をさせてはいけない」ということです。
これ、ものすごい“子供扱いでおせっかい”な規制ですよね。「返済能力を超える借り入れをしてはいけない」なんて当たり前だし、そんなことをして困るのは借り手本人です。貸し手だって、返済能力を超えて貸したら戻ってこないのだから、わざわざこんなことを法律で決めなくてもいいはずです。
ではなぜこんな規制が必要になったのでしょう?
それは日本では、“道徳や体裁”が契約や法律より強い力をもっているからです。このため日本人は経済的に破綻しても、個人破産を極力避けようとします。そのために貸し手は、本人の返済能力を超えて貸しても、資金回収ができてしまうのです。
例で見てみましょう。
・40代男性が「返済能力を超えて借り、もう自力では返せない」場合=田舎の70代の親が田畑を売って、子供の借金を払う。自分の老後資金で払ってくれる場合もある。
(地方では、ひとりが自己破産すると家族全体の世間体に影響します。息子が自己破産したら“家の恥”となり、兄弟の縁談にまで悪影響が及ぶのです。)
・30代の主婦が返済能力を超えて借り、もう自力では返せない。夫にも言っていない場合=AV出演などの仕事を斡旋して、返させる。
・40代男性が返済能力を超えて借り、もう自力では返せない。親も貧乏な場合=振り込め詐欺の引き出し屋や、通帳名義、携帯名義の譲渡、もっといけば、中国からの麻薬の運び人などの仕事を紹介し、その報酬で返済させる。
もしかすると「首をくくれば、生命保険で返せるぜ」などと言う場合もあるのかもしれません。
このように、本人の返済能力を越えて貸しても、戻ってくる手立てがあるため、貸し手はいくらでも貸せるわけです。
もし上記の3人が、皆「返せないから自己破産する」という道を選んでいたら、業者は返済能力の範囲でしか貸さなくなるでしょう。そうすれば、年収の3分の1までしか貸してはならない、というようなお節介な法律は不要になるのです。
★★★
消費者金融業界は、株式を上場している大企業から、中小企業、零細企業、そして“闇金”と呼ばれるところまで“多重階層”になっています。有名大企業の役割は、借金が初めての客を市場に引き込むことです。華やかで親しみやすいCMで“初めての客”を呼び込み、できる限りの額を貸します。
返済能力を超えて貸しても何の問題もありません。大企業から借りているだけの客なら、返せなくなった時には“より融資基準の緩い中小の消費者金融”から借りてきて、そのお金で自分のところの借金を返してくれるからです。
そして次々と同じことが繰り返されます。消費者は“より融資基準が緩く、金利はより高い会社”から借りたお金で、“基準が厳しく、金利は安い”会社から借りているお金を返します。
消費者金融企業からみれば、これはまさに“ばば抜き”です。他社から借りて自社の借金を返してもらえれば、そこで“ババ”は下の企業に渡せます。
最後に借り手は“自己破産させずに取り立てる”役割の金融会社に辿り着きます。“闇金”と呼ばれる会社です。そこで彼らは24時間、会社や家族、近所中を巻き込むめちゃな取り立てに責められ、正常な思考能力を失わされます。その上で「これをやれば返せるぜ」と“返す方法”の提案を受けるのです。地獄における悪魔のささやきです。
この壮大な罠を成り立たせているのが、「借りた金は“なんとしても”返すべき」とか、「カネのことを考えるのは汚いことだ」という道徳です。たとえば日本には、自己破産を勧める公的機関がほとんどありません。
この法律が成立する前、大阪府八尾市の老夫婦が借金苦のために踏切に飛び込み自殺しました。二人は死ぬ前に警察に相談にいっていました。恐ろしい形相の人達が毎日毎晩アパートにやってきて、すさまじい言葉と共にドアを蹴って騒いでいく。怯え、疲れきった二人は最後の望みをつないで警察に救いを求めたのです。
しかしその彼等に警官が言ったのは、「そりゃあ、借りた金はかえさなあかんやろ」という言葉でした。
なぜこの警官は、「返せなくなったら自己破産するべきですよ」「市役所の○○窓口に行って、自己破産の方法について相談してください」「そんな取り立ては違法なので今度きたら警察に電話してください」と言わないのでしょう?
法律を守らせるのが仕事であるはずの警察官までが、法律ではなく道徳を語るのがこの国の実態なのです。*1
もうひとつの道徳観である「カネのことを考えるのは汚いことだ」という感覚も問題です。このために、日本ではお金に関する教育が全くというほど行われません。
儲けることの意味、自分の収入内で暮らすことの意味、にこやかな消費者金融のCMの意味、借金をすることの意味など、何も習いません。自己破産という制度も知らないし、言葉を知ってもどこにいって何をすればいいのかわかりません。
自己破産が安易に利用できるようになったら、わざと借りて自己破産に走る人がでてくる、という人もいますが、それは杞憂でしょう。現代社会において“クレジット”(お金を借りる能力、資格)なしに生活するのはとても不便であり、誰も彼もが悪意の自己破産に走ったりするとは思えません。
★★★
最初に書いたように原則論でいえば、ちきりんはこんなお節介な規制は嫌いです。貸し手も借り手も、いくらまで貸してよいか、いくらまで借りてもよいか、利子はいくらが適切であるべきか、自ら判断できるはずです。杓子定規な規定を作ることは、市場を歪めてしまいます。実際にいろんな弊害がでるでしょう。
しかし、こんな規制の不要な“まっとうな社会”の実現のためには、ふたつのことが必要です。
まず最初に、お金に関する消費者教育を義務教育に取り入れること。もうひとつは、貸す時は「法と契約」で貸すくせに、返済させる時は、借りた人を違法行為に追い込む仕組み自体を取り締まることです。
闇金や違法な取り立て行為を徹底的に取り締まり、かつ、返す時も「法と契約」に基づいて、自己破産という手段を利用しやすくする必要があります。
「返済能力以上に貸したら、借り手は自己破産して資金回収できなくなる」と思えば、業者は返済能力を超えた貸し付けをしません。それが市場原理です。
彼らは今まで「返済能力以上に貸しても、最後は自殺か犯罪によって、もしくは道徳と世間体に縛られた親が返してくれる」から、返済能力を大きく超える額を貸しだし、巨額の利益を得てきたのです。
お金に関する教育と、「過剰貸し付けを犯罪によって回収する業界構造」の摘発、是正を進め、一刻も早くこんな子供じみた規制が不要な国になってほしいものです。
★★★
お金のことについてほとんど知識がないけど、自分で家計を管理することになった、という初心者向けの本。とても平易でわかりやすく、常識的なことが書いてあります。いくつかシリーズがでているようです。
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消費者金融ってどういう業界なのか、ちきりんはこの本で理解しました。この本を読まなければ、上記のような考えにはならなかったと思います。“下流喰い”というタイトルが秀逸です。消費者金融業界は“底辺の人”を“最底辺”に突き落とした後、更にしゃぶり尽くす商売だとよくわかります。
- 作者: 須田慎一郎
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エンターテイメント小説として読めて、借金の怖さがヒシヒシと学べる本です。カードを使いすぎているあなた、他人事ではありません。
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どのくらい借金してもいいか、自分で判断できる大人の国を目指しましょう。
そんじゃーね
。
*1:追記:この事件での警察の対応が問題視されたため、老夫婦の自殺の後に大阪府警はこの闇金の捜査に着手。2年かけて親玉を割り出し沖縄まで追いかけて、出資法違反と貸金業規制法違反で摘発しました。求刑7年に対し、2011年4月8日に大阪地裁で懲役4年、罰金100万円の判決がでています。