“私的援助市場”にみる市場原理

世の中には様々な“市場”がありますが、規制が全くなく、マーケットメカニズムのみで動いている市場のひとつが「私的援助市場」です。

ちなみに公的援助とは社会福祉のことで、こちらは“公”ですから市場原理は適用されません。

しかし私的な援助市場、たとえばボランティアや寄付など人々の自発的な支援分野においては、誰がその寄付や援助を獲得できるか、ということは、完全に市場原理で決まります。


たとえば「大人 vs. 子供」で考えてみましょう。公的な援助(社会福祉)は高齢者に手厚いですが、私的援助は圧倒的に子供に有利です。

難病の子供の臓器移植(海外)のためであれば。時には1億円の寄付が集まります。しかし難病の中高年がいくら貧困でも、国内での臓器移植のために、一億円どころか、その100分の1の100万円でも集めるのは至難の業でしょう。

これは「私的援助市場」において「子供は大人より圧倒的に競争力がある」ことを示しています。

世界の難民のために毎月一定額の寄付をする人が、日本のホームレスに毎月、同額を寄付する人の数より多いならば、「海外の難民は、日本のホームレスより、私的援助市場において強者である」といえます。(例なので反対かもしれません。)

また、なぜか日本の私的援助市場では、「カンボジア」は非常に競争力が強いように思えます。

以前、寄付を募ってカンボジアに学校を建てようというテレビ番組がありました。この企画、日本のどこかに障害者施設を建てようという話より、スポンサーや視聴者がつきやすいのではないでしょうか。

そうであれば、「カンボジアの学校は、日本の障害者施設より私的援助市場において競争力がある」わけです。


誰に自分の寄付金や労力を譲渡したいかという具体的な選択は、個々人によって異なります。市場ですから、全員の意見が完全に一致することはありません。

しかし参加者全員の意思表明により、市場全体としては「より強いモノ」と「より弱いモノ」がランクづけされます。そして、強者は弱者よりも、金銭的・非金銭的な寄付を「より獲得しやすい」状態になります。

そしてこの市場にはナンの規制もありません。国際条約も規制も監督官庁もない完全な自由市場であり、人は「自分が援助したいもの」を任意に選べます。「より貧しい人から順に寄付を配分される権利がある」などというルールは存在しないのです。

このため援助を勝ちとるには、マーケティングやコミュニケーション・ストラテジーが必要となり、また、寄付をする人の中で、どのセグメントを狙うべきか、などの戦略も重要です。


ざっと考えたところ、この市場における強者とは、

(1)子供

自己責任が問いにくい、高齢者や中高年に比べてかわいい、素直に喜ぶ(せっかくの援助に対して小難しいコトを言わない)、など様々な理由のため、子供は圧倒的な強者です。

一部の途上国では、日本人観光客が集まる場所に抱いていく赤ちゃんを“物乞い”の人に貸してくれる商売があると言われますが、この市場での子供の圧倒的な競争力を考えれば、そういった商売がでてくるのも自然なことです。


(2)見た目が善いもの

他の市場と同様、ここでも「見た目」は重要です。この市場で最も好まれる見た目とは、みすぼらしいが、汚くはないもの、素直で純粋に見え、ひねていないもの、寄付者より優れている点はひとつも見つけられない、かわいそうなものなどです。まっ、なんの市場にしろ、外見がよいことはとても有利です。


(3)高尚な寄付項目

中には「教育費なら寄付してもいいが、生活費に消えるならいやだ」という人がいます。なにか高尚なことに貢献したいと考える人達が多いのです。

高尚な寄付項目には国ごとに違いがあり、日本人が好きな市場は“教育”ですが、欧州ではイルカや鯨などの“ほ乳類”や“環境”、アメリカでは“人権”や“アート”も競争力が高い市場です。

この法則を利用した寄付募集例としては、「途上国では給食がでるから、子供達は学校にやってくるのです」というキャッチフレーズで、競争力のある“教育”というキーワードを前面に出しつつ、なかなか寄付の集まりにくい“食費”を集めることに成功した事例も存在します。


(4)手頃な距離感

日本の私的援助市場では、同じ子供でも、アフリカの子供よりはアジアの子供、中国の子供よりはカンボジアの子供、日本国内の子供よりは海外の子供、の方が競争力があるようです。

アジアはアフリカより身近だし、中国はなんとなくイヤだけど「カンボジアはアンコールワットも素敵だったから助けてあげたい」という感じでしょうか。

国内の寄付対象者は、情報管理が難しいことも不利な点です。たとえば、難民キャンプに援助しても、援助物資の一部は横流しされてしまいます。しかしそれは日本からは見えません。

一方、日本で誰かに寄付すると、その人がビールを飲んでいた!、タバコを吸っていた!とか、ひどいときには「楽しそうに笑っていた!」とまで、マスコミが騒ぎ立てます。

これにより、それらの被援助者は一気に競合優位性を失います。海外の難民キャンプへの寄付だって、相当程度が関係者のタバコ代や洋酒代に消えていると思いますが、それは寄付者には見えないので、とても有利です。


このように、この市場は残酷なまでに厳しいマーケットメカニズムで動いています。私的援助市場で資金を集め、勝ち残っていくためには、上記のような傾向を踏まえて、「みすぼらしいが純粋な子供を前面に出し、できる限り目的を教育とヒモづけ、情報管理(マスコミ対策)に細心の注意を払うこと」が重要なのです。


本当の弱者とは、「私的援助市場でさえ弱者である人達」なのかもしれません。



 そんじゃーね。


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