私はブログやツイッターでしばしば「あたしの意見はこうだ!」と強く表明します。
それに対して、賛否両論いろんな意見が寄せられるわけですが、そのうち一番つまらないと思うのが、
「そういう場合もあるけど、違う場合もある」 とか
「人それぞれだと思う」
「一概には言えないはず」
みたいな反応です。
私が「Aだ!」といったとき、「いや違う、Bだ!」と言える人は、自分のアタマで考えてます。単に結論が違うだけ。
でも、たいていの人はそこまで言えません。
「何も考えていないが、とにかくなんらか反対したい!」という人は、あたしが「Aだ!」と言った時、「いや、Aではない!」としか言えないんです。
いわゆる「批判と否定しかできない人」ですね。自分の意見が無いから、他者の意見を否定するしかない。
これもかなり恥ずかしいよねと思うけど、それでも下記に比べたらまだマシです。
一番つまらないのは、
「Aともいえるが、Bともいえる」
みたいな意見
「それは、そもそも意見なの?」って感じです。
そんなことなら何一つ考えなくても言えるし、5歳の子でも言えます。
「大企業が合う人もいるし、合わない人もいる」
「学校が役にたつかどうかは、人によって違う」
「そういう場合もあるが、例外もゼロではない」
そりゃーそうでしょ。
それって、「未来は明るいかもしれないが、暗いかもしれない」ってのと同じでは?
「犯人は女かもしれないが、男かもしれない」とも同じ。
事実上、何も言ってないに等しい。
そんなことなら 1秒たりとも考えなくても言える。まさに思考しない人の発言です。
てか、そもそも、それって言う意味ある?
誰かの意見を聞いた時に「例外があります!」って意気揚々と言ってくる人って、もしかして、
「例外がひとつもない場合しか意見を言うべきではない」って考えてるの?
その方針だと・・・いったい一生のうち、何回くらい自分の意見が言えるんですか?
世の中には例外のないモノなんてないんです。
それでも「いろいろある」ではなく「私はこう思う!」と言わないと前に進めない。
それがなぜわからない??
「自分自身でしっかり考えて生きていきたい」「自分自身の力で仕事も生活もどんどん前に進めていきたい」と思っている人は、決してこういう意味不明なコトを言う人にならないよう気を付けましょう。
こういうこと言ってると、なんにも進まなくなりますから。人生も、仕事も。
★★★
そのうえ最悪なのは、「Aの場合もあるが、Bの場合もある」とか言ってる本人が、
「オレの意見は客観的だ」
「自分は、『 Aだ!』と言ってる人みたいに偏っていない」
と考えてたりすることです。
本当にタチが悪い。
それ、客観的なのではなくて、単に、
「自分の意見を持てない人間である」
「決断できない人間である」
「選べない人間である」
ってだけのことです。
自分の意見を持とうと思えば、しっかりと考える必要がでてきます。
でも、「場合による」「例外はゼロではない」なんて、一秒も考えなくても言えます。だから、モノを考えない人は直ぐにそっちに逃げるんです。
試しになにか私に意見を言ってみてください。
それに対する私の返事はこれです。
↓
「まあそうだけど、例外もあるよね」
ほらね。一分も考えなくても言えるでしょ。
てか、相手の意見を聞く必要さえないんです。こんなコメントをするだけなら。
★★★
よく覚えておきましょう。
自分の意見を持つ人にしか、自分の人生は選べません。決められない人は、自分の人生を生きられないんです。そしてもちろん、仕事上で価値が出せたりするはずもない。
若い人が一生懸命考えて、「こうすべきだと思います! だって、消費者はこれを求めているからです!」と言ってきたとします。
その案は稚拙かもしれないし、情報も未整理だし不足してるかもしれない。それでも、
「そういう消費者もいるだろうが、そうじゃない消費者もいる」
みたいなことを言う上司になるのは、ほんとーにやめた方がいい。
「そうじゃない。消費者の求めているのはこっちだ!」と言えるのがベスト。
そう言えないなら、せめて「それは違う」くらいまでは言わないと、発言の意味がない。
「Aともいえるが Bともいえる」みたいな言い方をする人の多くは、自分の意見さえ持てないくせに、「ちょっと賢そうなことを言いたい」と思ってるんでしょう。
でもね。「場合による」みたいな言い方の問題に気が付かず、悦に入ってそんなことばっかり言ってると、ほんとーに役立たない人になっちゃいますよ。
(と、ここまで書いても、このエントリに対して「そうも言えるが、そうでない場合もある」とか言ってくる人が・・・3000人くらいはいそう)