後から言うのは簡単 「ソッコーで仕事を辞めるべき!」

直近に起こったふたつの大きな事件。衝撃的で、いろいろ考えてしまいました。

ひとつは、理化学研究所の笹井芳樹氏の自殺、もうひとつは、長崎で女子生徒(高一)が同級生を殺害し、遺体を切断した事件です。


笹井氏は ES細胞などの研究で知られる「世界トップレベルの研究者」でした。2014年の1月、ネイチャー誌に掲載された小保方晴子氏の STAP 細胞論文の共著者であり、指導者でもあったことで大騒動に巻き込まれ、鬱病を発症していたようです。8月5日の朝、職場で首を吊っているところが発見されました。

長崎の女子については、小学校では同級生の給食に漂白剤を混ぜ、今年の 3月には父親を金属バットで殴るなどの問題行動があり、その後、精神科にかかっていましたが、

最近は「猫を殺した」「人間を殺したい」などと親や医者に告白。これは何らかの措置が必要だと皆が思い始めた矢先に、取り返しのつかない事件が起こってしまいました。

この事件では、昨年末に実の母親が亡くなっていたこと、その数ヶ月後に父親が再婚したこと、父親が成功している弁護士で、相当に裕福な家庭であったことなども報じられています。


★★★


このふたつの事件から私が感じたのは、「辞めるべきタイミングで仕事を辞めるのは、めちゃくちゃ難しい」ということでした。

2月に論文への疑義が指摘され始めた直後の 3月、笹井氏はすでに精神科に入院しています。副センター長を辞めたいという申し出も、当時からしていたようです。

にも関わらず、8月に自殺するまで、彼の肩書きは変わっていません。理化学研究所の研究員であり、副センター長なのです。


自殺直前には、薬の副作用でまともな議論ができなくなっていると周囲の人が心配していたそうです。そんな状態なのに、彼は退職も休職もしていないし、役職も解かれていません。3月に入院した後、自殺するまでの 5ヶ月間、服薬しながら、ずっと働いていたわけです。


これ、どーなのかな?


「死ぬことを避けるため」だけに考えれば、もっと早く逃げ出すべきだったことは明らかです。そんな状態で出社しても、マトモに仕事ができるはずがない。周りにも、「もう止めたほうがいい。無理するな」と助言してくれた人はいたでしょう。

でもね。それは可能だったでしょうか?


「自分が彼の立場だったら?」と考えてみましょう。彼は世界トップクラスの研究者として、自分のラボ(研究室)を運営していました。

多くの若手研究者を率い、一定期間内に一定の成果を出すことを期待され、多額の研究予算を国から獲得していたのです。スター研究者である彼が辞めてしまえば、国から同額の予算を獲得することはできなくなるし、それはすなわち、部下の研究員が仕事を失うことを意味します。

そんな状態で突然の大騒動に巻き込まれ、精神的にボロボロになったとしても、

すべてを放り出して、自分ひとりだけ「誰がなんと言おうと、オレは辞める!」と言えるのかどうか・・・。


少なくとも副センター長という役職については、自分から「降りたい」と言ったみたいですが、おそらく慰留され、解いてもらえませんでした。

そのときに、「もう耐えられません。役職はずしてくれないなら、辞めます!」って・・・あたしなら言えただろうかと。


自殺をしてしまった今から振り返れば、誰でも「もっと早く辞めるべきだった」「命より大事なものはない」と断言できます。

でも事件の前に、これだけの立場にある人が突然すべてを投げ捨て(しかも慰留を振り切って!)仕事を辞めることが、どれくらい難しいか、働いた経験がある人は、みんなわかるはず。


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長崎県の女児についても同じです。3月に金属バットで殴られた父親は、その後(医師の勧めもあり?)、娘を一人暮らしさせています。

女児の実母が生きていれば二人暮らしだった可能性もありますが、とはいえ、実母が元気だったとしても、母も父と同様、フルタイムで働いていたとしたらどうでしょう?

末っ子が高校一年生なら、父母ともにフルタイムで働いてる家はたくさんあります。


そんな時、娘が父親を金属バットで殴ったら、どうします???


フルタイムで働いている父母は、娘に一日中、付き添っていることはできません。とはいえ、父親をバットで殴るところまで来ている娘を、いきなり親戚や他人に預けるのも無理でしょ。

こういう時、娘のために親のどちらかがスパッ!っと仕事を辞めるって、現実的に可能ですか?


娘が殺人事件を起こした今から振り返れば、「ソッコーで仕事を辞める!」と考える人はたくさんいるよね。でも事件が起こる前に、本当に辞められたでしょうか?

世界的な研究者であった笹井氏ほどでなくても、父も母もそれなりに責任のある仕事をしているはずです。子供の教育費やローンのために、働き続けることが必要だという家庭もあります。

そんな中、ある日、突然、娘が父親を金属バットで殴った!


いきなり退職はしないとしても、会社に電話して「明日から当面、お休みします」って言えますか? 一日二日なら休める人はいそうだけど、そのお休み、ホントに数日で済むと思います?


「そんな娘を一人暮らしさせるなんてありえない」と思う場合、もっとも適切に思える措置は精神病院への入院ですが、15歳の娘をそういうところに入院させるとなると、「どこでもいいから入院手続きをとってハイ終わり」にできる親はいません。

入院する病院を決めるまえに、いくつかの精神科で診察して貰い、先生とじっくり話し合い、娘の状況も見極めながら入院先を決めたいと思いますよね?

それって「働きながら」可能でしょうか? 入院先が確定し、実際に入院するまでに一ヶ月くらいかかりそうでは? 

その 1ヶ月の間、娘をひとり家に残して出勤するなんてできない。だとしたら、親のどちらかが 1ヶ月は仕事を休む必要があるんです。もちろん入院したからって、すぐ仕事に復帰し、これまで通り働くなんて無理っぽくないですか? 週末だけ見舞いにいけばいいわけじゃないでしょ?

そして数ヶ月後に退院したとしても、「人を殺したい」と言っていて、実際に猫を殺してる娘をひとりにし、仕事にいくのは躊躇われますよね。結局、数ヶ月の休職でもすまず、やっぱりどっちかは仕事を辞めないといけなくなる。


この父親も、共同代表を務める弁護士事務所で働いており、当然に多忙だったはず。娘が「人を殺したい」というのを聞き、児童相談所にも連絡したようですが、「時間外だったので連絡がとれなかった」と報じられています。

たしかに誰だって働いていたら、「病院や児童相談所が開いてる時間に相談に行く」って、そんな簡単じゃありません。


そして精神科医から、「友達の給食に漂白剤を入れ、猫を殺し、今は人を殺してみたいと思っている。このままでは人を殺しかねない」なんて言われたら・・・その翌日、(ひとり暮らしをさせてなくても)「部屋でおとなしくしててね!」と言って娘を家に残し、仕事にでかけられます?

それとも、

会社に電話して「すみませんが、当面は仕事にはいけません。詳しいことはまた後で」と伝え、入院させる精神病院を探しつつ、娘からひとときも目を離さずにいるため、翌日から仕事を休めます? 

奥さんが専業主婦だという男性も考えてみてください。妻が(自分の病気や次の子の妊娠、介護など)なんらかの事情で娘に付き添えない場合、自分はどうするだろうと。


タイムマシンがあって、「このままなら自殺する」とか、「このままだと同級生を殺してしまう」という結果が事前にわかっているなら、簡単です。親は迷いなく仕事を(当面)ストップするし、職場の人もそれを引き留めません。

でも、結果が見えないタイミングでそれを実行するのは、ものすごく難しい。


今回、ひとりは世界的に評価されていた研究者で、もうひとりの父親も多忙で裕福な弁護士でした。

つまり、今ものすごく恵まれた立場にいる人でも、そういう判断を(しかも緊急に)求められるコトがあるってことなんです。

笹井氏もこの父親も、「明日から当面、仕事を休む!」と言えば、迷惑をかける人が周りに山ほどいました。だからそんなに簡単には判断ができなかった。

後からそれを責めることは簡単だけど、「自分だったらソッコーで仕事を辞められたか?」と問われると、ほんとーに難しい判断だなと。


亡くなられたお二人のご冥福をお祈りします。


そんじゃーね。