最初から世界へ

私がこのブログを書いている“はてな”というウエブサービスの会社が、日本だけでなく、世界で使えるサービス、“うごメモはてな”を始めたと聞いて思ったことを書いておきます。

私は使ってないので詳細はわかりませんが、任天堂 DSi とコラボした“ぱらぱら漫画的”な作品を作成、投稿 & 共有できるサービスのようです。

サイトを見ると、国や言語が選べるようになってます。事業としてどれくらい可能性があるのかは知りませんが、この「早い段階から世界でリリース」という方法には、大きな意味があります。


2年前、私は下記ふたつのエントリにおいて、日本企業の
「まずは日本市場で発売して成功し、市場が成熟した後で世界に打ってでる」
という“二段階商品リリース方式”もしくは“ツーステップ方式”について、それではこれからは成功しない、と書きました。


・長期的視野をもった経営?(けーたいガラパゴスについて)

・ツーステップ方式の限界 (日本企業の商品企画について)


さすがに最近は日本も人口が減り始めたため、日本企業の多くが世界市場を視野に入れ始めました。

これは「日本市場が伸びないから、海外市場へ!」というツーステップ方式の思考なのですが、そのうち彼らも、ワンステップ方式で市場を捉え始めるんじゃないでしょうか。


もちろん、誰しも長らく慣れ親しんだ思考から逃れるのは簡単ではありません。特に、その方法で過去に大成功を収めてきた大企業にとっては尚更です。

何十年もツーステップ方式でやってきた大企業では、「海外部門」と「国内部門」のように、内外の市場を担当する部門が組織的に分断されており、英語のできる人だけが海外部門に配属されるなど、

人事的にも組織的にも「日本市場を担当する人」と「海外を担当する人」が分離されてたりさえするからです。

そんな組織では「最初から世界を見据えて」という思考には到底ならず、どうしても「まずは日本。後から海外へ」というツーステップ方式になってしまいます。


なので、はてなのようなベンチャー企業が、開発まもない新商品(サービス)を“世界でほぼ同時にリリースする”ことには大きな意味がある。

なぜなら一度こういう体験をすると、その後は開発者もマーケティング担当者も、次の商品やサービスを開発する際に、「これは海外ではどうだろう?」と自然に世界を見据えた発想をするようになるからです。


世界で受け入れられる商品やサービスを開発できるかどうかは、そういう思考方法を“自然なものとして”組織に定着させられるかどうかが勝負なんだよね。


この「最初から世界を考えるか?」もしくは「後から、日本市場とは別のものとして海外市場を考えるか」というのは、日本企業と世界企業の大きな差です。

はてなの場合は、任天堂という、まさに「ワンステップ方式」で世界市場を捉えてきた企業と、京都という立地を共有しており、上手くコラボできたのが幸運だったのでしょう。


ツーステップ方式とワンステップ方式の違いをもう少し具体的に考えて見ましょう。

たとえば楽天は今、NYやアジアに住む日本人に対して「海外からでも、楽天サイトを通し、何でも日本からお取り寄せ(お買い物)できますよ」というビジネスを始めています。

悪くはないのですが、これって「アメリカのアジア系スーパーマーケットで日本人駐在員と日本人留学生向けに“一番絞り”を売る」のと同じです。

世界で商売しているように見えて、結局は日本人相手に商売しているだけ。日本の銀行の海外支店も全く同じで、海外に進出した日本企業ばかりを相手に仕事をしています。


一方、もし楽天がもっと早くからワンステップ思考で考えていたら、「楽天市場で買える商品の一部は沖縄のお店から届けられ、あるものは福井県のメーカーから届けられ、でも“本格四川ラーメン”を頼んだら、本当に中国の四川省から届く」みたいな感じになったかもしれません。

また、もっと早くから取り組んでいれば、物流企業と組み、ソウルや上海、台北市内なら翌日配達!くらいのロジスティックスだって、確立できたかもしれません。

そうなれば上海の富裕層が日常的に楽天で買い物をしていて、その商品の一部は四国から届けられてるけど、一部は香港から届いてる、みたいになったはずなんです。


今、楽天は自社の海外進出にも取り組んでいますが、同時に、日本市場におけるアマゾンの攻勢に慌てふためいてもいます。

ちきりん的にはこのビジネスバトルは非常に興味深いです。アマゾンは典型的な「ワンステップ方式」の会社だから。

楽天はツーステップ思考で、「日本ではもう楽天市場が十分にいきわたったから、さて海外へ」と考えていました。

そしてようやく「そろそろ世界へ」と思い始めたタイミングで、本丸の日本市場に「世界全体でショッピングサイトのデファクトになります」というアマゾンが背中から追撃を始めてきた。

楽天の築き上げた事業にはそれなりの蓄積もあり、簡単にアマゾンにやられてしまうとは思いません。

しかし、いつまでも「日本の会社」であり続けたら、「世界の会社」とは、そのうち戦えなくなります。


「世界の会社」は、圧倒的に多様な消費者に鍛えられ、圧倒的に多様なタレント(才能)によって経営されています。

アマゾンが日本市場に出てきた時、学者や研究機関のスタッフなど、「高価な書籍のヘビー購入者」の一部は、その時点で既に米国アマゾンの利用実績がありました。

彼らはアマゾンが日本でサービスを始めた段階で、そのブランドへの信頼感と使い勝手の慣れをもっていたのです。

これでは、あとから日本で本を売り始めたネットブックストアが太刀打ちできるはずもありません。ハイエンドな消費者の嗜好を、最初から押さえられているのですから。


こうして消費者が国境を越えてつながっていくのに、企業側が売る国を限定して商品やサービスを開発していては、とてもついていけなくなるでしょう。

しかも、“消費者の国境を越えたつながり”は今後ますます強くなります。

携帯サイトで洋服や靴・鞄を購入する若い女性は、そのサイトが(見た目が日本語でさえあれば)香港企業のサイトであってもイタリア企業のサイトであっても全く気にしないでしょう。


「最初から世界を考えるか?」というのは、日本企業と世界企業の大きな差でした。でも大企業が、この姿勢転換をするのは大変なことなんです。

だから私は、これからでてくるベンチャー企業に、より早い段階から(ちょっと早すぎるよね、と思えるような段階から)世界、アジアの市場で同時進行で事業を遂行してほしいよねって思ってます。


もはや世界市場とは「日本市場で成功してから出て行く市場」ではありません。「その企業が成功できるかどうかを決める市場」なのです。



そんじゃーね


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