リハーサルのとおりにお願いします!

将棋棋士・森内俊之竜王名人の新著を読みました。


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渡辺明(現)二冠を破った昨年の竜王戦のコトはもちろん、将棋を始めた子供の頃の話から、奨励会を経てプロになり、20代、30代、そして40代と、棋士として歩んできた道のりが振り返られています。

特に小さい頃の話はどのエピソードも微笑ましく、「森内少年 物語り」としてとても興味深く読めました。

下記の写真は、最終ゲラを読んだ際のメモ書き画像です。字が汚くて恥ずかしいのですが、私がどれだけ楽しくこの本を読んだか、伝えられそうだったので載せてみました。



一番おもしろかったのは、小学生名人戦でベスト4に進み、準決勝がテレビで放映された時のこと。

リハーサルの後、NHKスタッフからは「本番もリハーサル通りでお願いします!」と声がかかります。それはもちろん、「本番でもリハーサルとまったく同じ手順で指してください」という将棋の中身に関する指示ではなかったわけですが、それを聞いた森内少年は、

リハーサル通りの将棋では自分にとって難しい展開だったが、「変えてはいけない」と愚直に思い込んでいたので、私は本番でもそのまま不利な手を指し、負けてしまった。

まじですか。

ちなみに、この準決勝に勝っていれば、決勝の相手は同じ小学生の羽生善治少年だったんです。



竜王&名人という立場にいるのに、こんなこと言っちゃうわけ!?、みたいな率直な発言も新鮮でした。たとえば、

残る一つの冠、名人位を預かる者として、私は二人(羽生三冠と渡辺二冠)の争いに割って入りたいという思いが全くないわけではないが、将棋の精度、そして技の切れを比べてしまうと、どう考えても厳しいというのが正直なところだ。
(カッコ内はちきりん追記)

率直というか謙虚というか・・・と思っていたら、こんな記述まで↓

私は準々決勝で谷川さんに勝つと、八日後に行われた羽生さんとの準決勝にも勝利した。
「そろそろ負ける頃かも・・」
そんな気持ちを抱えたまま、なぜか勝ち進み、いつの間にか挑戦者決定三番勝負にたどり着いていた。

「そろそろ負ける頃かも」って何ソレ?


さらに、昨年の竜王位への挑戦についても、( 7番勝負なので 4勝したほうが勝ちという仕組みなのに)

私が現実的な目標として心ひそかに思っていたのは、“二勝すること”だった。

えっ?? 

これには常々「目標は低く持ちましょう!」と勧めてるあたしもびっくり。

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とはいえ、小学生から奨励会に入り、プロを目指すという道の厳しさも、随所に触れられています。

(奨励会に入ると)すべてにおいて将棋が最優先の人生となる。そこに入った瞬間、楽しいはずの将棋が人生を賭けた勝負に変わるのだ。

奨励会に入った後は、学校の宿題は学校にいる間に(休憩時間中に)終わらせてしまうなど、

「学業に割く時間を最小限に抑えるように心がけた」

勝率が 7割 9分 7厘と絶好調だった 21歳の時、「大学生活に憧れのような気持ちも持っていた」森内名人は、大学のクイズ研究会に参加し、テレビのクイズ番組に出演するほど熱中します。しかしそのことについても、

クイズ研究会で過ごした時間は楽しかったし、人生において貴重な体験になったと思う。そこに後悔はない。

(中略)

ただひとつ明らかなことは、私がクイズに費やしている時間も、ライバルたちは将棋に打ち込んでいたということだ。その差が後に結果として現れることになる。

大変すぎ・・



小学生の時、奨励会に入るための試験の際も、対局相手は土曜教室で何度も戦ってきた先輩。「勝てれば合格、負ければ失格」という対局で、森内名人は勝って奨励会に入り、先輩は森内少年に負けて不合格。

でも、

その後の二次試験で、「ふと周りを見ると、羽生さんはすでに勝ち抜き、合格を決めていた。私は受験前から「羽生さんが合格しないようなら、自分にはとても無理だ」と思っていたので、少し安心したのを覚えている」「よし、可能性はある。頑張ろう」

なんなの、その妙な励まされ方は・・・?



ここまで率直に言う? みたいな文章は他にもいろいろあって、羽生三冠が史上初の 7冠を達成するなど破竹の勢いで活躍されていたころのことを、

トーナメント戦で挑戦者の座が近づいてくると、
「これを勝ち抜いたらまた羽生さんと戦わなくてはいけないのか」と考えてしまうようになっていた。そのような気持ちで厳しい戦いに挑んで、勝てるわけがない。

そんな気分になってたなんてびっくりです。

衝撃的だったのは、名人戦の直後の棋聖戦で、羽生さんが3歳下で、当時5段の三浦弘行さん(現九段)に敗れたことだ。私は、羽生さんの強さを目の当たりにして、しばらくは七冠が続くだろうと考えていた。
「自分がまったく歯の立たなかった羽生さんが、まさか若手に負けるなんて」私は、自分も一緒に打ち負かされたように感じた。

驚くのはソコなんだー!?



初めて名人位を獲得した時の対局では、

終盤に入り、しっかりと指すことができれば、勝利は確実に思えた。
「勝てる・・・、名人になれる・・・本当になるのか? なってしまうのか?」
終局が近づくにつれ、どんどん気分が落ち着かなくなってきた。舞い上がりそうになる気持ちを必死で抑える。喜びと不安が交錯する。

。。普通の人じゃん!?


永世名人の称号(名人位通算 5期で得られる)がかかった対局では、

まさか自分がそんな大きな称号を得るなどということは考えてみたこともなかったので、この時はさすがに緊張した。三勝二敗で迎えた第六局。そのまま素直に指せば勝てる最終盤で、永世名人のことが頭によぎり、落ち着かない状態になってしまい、自ら敗北を呼び込むような大ポカをしてしまった。初めて名人になったとき以上の緊張感で、頭は雑念だらけ。まともに思考できなくなってしまっていた。

いつもポーカーフェースに見えるのに、内面ではこんな心理状態だったりするんですねー。



いろいろ勉強になることもありました。

持って生まれた才能は変えることができないし、また、やみくもな努力も効率が悪い。自分の特徴に気づき、適切な努力をすることこそが、これまでの自分を変えるための最良の方法なのではないだろうか

この「適切な努力」という話は、梅原大吾さんも言ってたし、為末大さんもよく呟いてる。大事なのは「とにかく頑張る」ではなく、「適切な努力をすること」なんだよね。

それまでの私は、常に理想の将棋を追い求めていた。“勝つための将棋”ではなく、“正しい将棋”を指したいと思っていたのだ。どんな勝負でも一手一手を全力で考え、最善手を追い求める。それが“正しい将棋”だと信じていた。

名人戦で羽生さんに敗れてから、私は努力の仕方を変えた。もう一度、檜舞台に立ち、そして勝負を収めるために、力重視の練習だけではなく、新たな練習にも時間を割くようにしたのだ。

そういえば昔テニスをやってた時、練習時には「ボールを相手の目の前にきちんと返す」人が「巧い人」なんだよね。それができたらラリーが続くし、誰も玉拾いに行かなくていいわけで。

でも、試合に勝つにはそれではだめで、「いかに相手がいないスペースを狙って打つか」が必要。それに気付いて初めて試合に勝てるようになったことを思い出しました。

(棋士の仕事は)“将棋学”という学問を追求する学者のようなものかもしれない
中略
(大局観を)身に付けるための勉強は簡単ではない。本来、2人で指す将棋を一人で突き詰めるのは苦しい作業だ。
(カッコ内はちきりん追記)

「誰かと一緒に考える」とか「話し合いながら考える」というのと、「ひとりで考える」というのは、質の違う行為です。

世の中の大半の人はひとりで考えてると 30分もしないうちに煮詰まってしまい、堂々巡りしかできなくなります。「ひとりで何時間でも考えられるか」ってのが、「考える仕事」に就けるかどうかの分かれ目だと思う。



あと将棋って、片方の棋士が「負けました」と宣言すると終わりなわけですが、これについて

将棋の勝敗を決するのは、審判などの第三者ではなく、敗者による敗戦の判断、つまり“投了”だ。こういう勝負事は珍しいのではないだろうか。

って書いてあって、ほんとにそうだなと思いました。

いろいろ考えてみたけど、「敗者による判断と宣言」で勝敗が確定するのって、あとは戦争くらいしか思いつかなかった。


「残り何年間、将棋を指せるのかわからないが、このままずっと無冠に終わるかもしれない」そんなふうに弱気になってしまうこともあった。

私にとって竜王と名人の同時戴冠は九年ぶりだ。こんな日が再び来ようとは想像だにできなかった。

謙虚過ぎません?

一歩一歩、自分の足元を見ながら進んできた。顔を上げてみたら、とてつもなく高い山の頂にたどり着いていた。そこで渡されたのは、“永世名人”という名誉であり、責任であった。

高い山に登る人はみな同じ。足元の一歩だけに集中してるし、とにかく「歩みを止めない」

他の仕事の可能性を考えたことがないのだ。

本田圭佑氏もイチロー氏も同じなんだけど、「今のこの職業以外、考えたこともない」と言えるのは、世の中でごく一部の人たちだけに与えられる幸運だよね。

なんだけど上記に書いてきたように、そんな人でさえ「こんなことがあったんだ」「こんな気持ちになることもあるんだ」って軽く驚くくらい率直にいろんなエピソードが語られており、森内名人の誠実な人柄が滲み出る読後感のすごくいい一冊でした。


努力や才能や運やタイミング、人生では、人によって得られるものは全く違います。世の中はものすごく不公平なんです。誰もがヒトカドの人物になれたりするわけじゃない。

でも、成功し、何かを「持っている」ように思える人あっても、私たちと同じように悩み、焦り、悔しがり、ビビッたりし浮かれたり寝坊したりしながら、歩いてきたんだなってわかって、ちょっとホッとする。

自分にできることは、今いる場所で今できることをするだけ、それでいいんだ、って思えます。


試合に負けて悔しがってるサッカー少年とかが読めば、得るところの大きな本なんじゃないかな。将棋を知らない人でも理解できるよう丁寧に書いてあるし、易しい日本語なので、中学生でも問題なく読めると思います。


そんじゃーね!


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