多チャンネル化+大量保存

スカパー!とHDDレコーダーを導入(購入)したのは、1年くらい前かなあ。圧倒的によく映画を観るようになりました。それまでは、ケーブルテレビ+ビデオレコーダーという組み合わせだったんだけど、ビデオが壊れたのを機に今の組み合わせにしました。

これが、結構「画期的」なことだと、最近ようやく認識しました。

「大量保存できる」ということが、何を意味するのか、使ってみないとなかなかわからないものです。冷凍庫+電子レンジの組み合わせもそうでした。「便利になる」という程度ではなく、生活そのものを変えてしまうインパクトがありました。多チャンネル+大量保存可能レコーダーというのも同じ。便利になるというレベルではない。人の考え方を変えてしまえるくらい大きなインパクトがあると思います。

この組み合わせが日本の家での標準になれば、私たちの考え方も相当変わるんじゃないかな。もちろん保存する機械はHDDレコーダーでもパソコンでもよく、たぶん将来は、家庭用サーバー的なものになるんだと思いますけど。

★★★

数週間前に「月はどっちにでている」、昨日は「パッチギ」という映画を観ました。どちらも「小学校の総合学習の時間にでも全員に見せるべき」と思えるくらいよい映画でした。パッチギは数年前の映画、月は・・の方はかなり古いです。月・・の方は、なんどか観ていたけど、全部きちんと観たのは今回が初めてでした。んで、どちらも感動しちゃった。ほんといい映画だ。

社会にはいろんな問題があって、その解決って本当に難しい。よく「問題解決力」とか言いますが、算数とかテクニカルなものとか、ビジネスのちょっとした問題(マーケティングとか海外戦略どーすんの?とか)に比べて、社会的な問題を解決するのは本当に難しい。圧倒的に複雑。圧倒的にパラメーターも影響を受ける側面も多い。私たちはまだ確立された「社会問題の解決方法」というのを持っていない、と思います。

★★★

統合された「社会問題解決の方法論」は確立されていないと思うけど、でも、いくつか「ああ、これは有効かもね」と思う方法は、バラバラだけれど、あります。

その一つが、「芸術作品を使った方法」です。映画や小説、絵でもいい。ピカソのゲルニカも、オーソンウエールズの小説もそうですし、スピルバーグの映画や上のふたつの映画もそうです。押しつけがましくなく、見る人の想像力を利用して多面的に訴えかけることができる。映像のインパクトは特に大きい。大量伝達が可能というのも大きい。

その他にちきりんが「これは使えるでしょ」と思っているのは、統計学と議論の方法です。統計学は、もうひとがんばりが必要。意味のない数字の統計値を計算することしか教えないから全然皆関心を持たないし、一部の人の「数値操縦」に容易にひっかかってしまう。まだかなりリスクを含んでおり、かつ、未熟だと思う。社会問題の解決には。

それでも、数字のもつパワーというのは確かにあって、もう少し進歩すればパワフルなツールになると思う。たぶん問題は、「社会問題に関心を持っている」研究者の大半が文系的な人で、統計学が苦手、統計が得意な人の大半が理系で、社会問題に関心がなく、むしろサイエンスに関心がある、というのが、この分野「社会学の統計的分析」になかなか進歩がないことの背景だと思う。

★★★

議論の方法も、パワフルだと思うのだけど、これもあまり訓練を受ける機会がないよね。大学のクラブとかで英語のディベートをやっているところが、ある程度こういう訓練を提供している。だけど、別に英語でやる必要はないのだ。日本語での議論の方法を学校できちんと教えるべきだ(前にも書いたな〜)と思う。「事実に基づいて論理的に議論する」という方法は、すべての根底に位置する基本的なスキルだと思う。

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で、話戻しますと、その方法論のひとつである「芸術を使ったアプローチ」ってのが、「多チャンネル+大量保存機器」によって大きく変わる、というのが、ちきりんの実感です。

この組み合わせがなければ、ちきりんは今回の二つの映画を観ることはなかったと思う。まず映画館なんて行き気にならないでしょう。時間とるし、混んでるし、高いし、そんな苦労して見に行っても「当たりはずれ」がある。合理的に考えてあんなシステムは、家庭に大画面テレビがない時代でないと持たない。(デート以外で映画館行く人って、本当少ないと思うよ。あれは、「デート」が目的で「映画」はおまけです。「映画」が主役で「それを観る機会がたまたま恋人とであった」というわけではない。)

★★★

地上波テレビでも映画やってますが、これも限界がある。大都市圏でもたかだか7,8チャンネルしかないでしょ。しかもCMに依存している。全国にほぼ一斉に同じモノを流さなくてはならない。これらの条件のために「万人受けする、問題視されない」ものばっかり流さなくてはならない。社会問題の議論のネタになるようなものは避けなければならないという宿命にある。


これが変わる。

★★★

(1)多チャンネル化によって、万人受けしない、議論を喚起するかもしれないものを大量に流すことができる。しかも、反対意見も賛成意見も両方流すだけの容量がある。多面的な見方を、全部、フィルター掛けずに流すことができる。選択肢が視聴者である個人に委ねられる。しかも視聴料を取るから、スポンサーを気にしなくていい。

(2)大量保存によって、「とりあえず保存しておいて、観たいときに観て、かつ、見始めてつまんなかったらすぐ削除できる」というようになった。ビデオだったら、「見たいモノを厳選して録画」していたと思う。HDDなら、とりあえず適当に録画して、暇な日に適当に見始める。おもしろくなければ15分でやめて削除する。んで他のを見始める。つまり「お試し視聴」が可能になった。

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というわけで、昔に比べて圧倒的に「勉強できる」環境が整った、と思う。小さい頃からこういう環境であったなら、ちきりんの考え方も今とは違ったモノになったかもしれない。

★★★

そして、今後はもっとこれが変わってくると思う。

(1)の多チャンネル化の方は、視聴者が増えればどんどん料金が安くなり、多くの人にとって利用可能になる。それに、今の公職選挙法とかが改正されれば、政治家一人一人がチャンネルをもつこともできるだろう。(ブログのように、個々人でもいい。)
政府官庁もひとつづつ番組を持てばいい。防衛庁チャンネルは、日本の軍備や世界の情勢やらをずっと流していればよいし、国税庁は日本の財政状況、税金の内訳や使われ方の現場の様子をずっと流していればいい。右翼も左翼も自分のチャンネル持てばいい。情報はすべて利用可能で、個々人が考えることができるというのが理想的だ。

少子化とか年金とか、議論になりそうなトピックにしぼったチャンネルがあってもいい。道州制とかも、ちきりんは絶対必要!と思っているのだが、それが何を意味するのか、知っている人はとても少ない。限られた人だけで議論していても話は進まない。社会問題の大半は、その基本的な仕組みさえ学校が教えない。これを誰が教えるべきなのか、という議論さえない。ちょっと問題でしょう。

★★★

ブロードバンドがもっとぶっとくなれば、保存した映像を他の人に「これいいよ〜」とかいって送ることもできるようになるし、気になる画面に自分のコメントを保存することもできるようになるだろう。議論自体を映像にかぶせながらできるかもしれない。保存機器は家庭に一個でも、視聴端末は、家族一人一人が自分のニーズに合わせて、テレビとかPCとかモバイルとかで選んで使うことで、それぞれ「個人として」選択ができ、かつ、見やすくなると思う。

そのインパクトははかりしれない。


★★★


というわけで、久々にお休みだったので、ちょっと考えてみたりした。



んではね〜