産むということ 黒柳徹子さんの洞察

すごく昔の話ですが、動物園のパンダが赤ちゃんを生む時に(親パンダも)死んでしまいました。

私はこの件に関する、黒柳徹子さんのコメントをすごくビビッドに覚えています。

元々の事件に関してはうろ覚え。いつだったのか、どこの動物園の話だったのか。

でも、それについて黒柳徹子さんがコメントしているテレビ画面のシーンだけは、ビジュアルも含め、今でも鮮明に蘇ります。

それくらい衝撃的というか、インパクトがあった。


徹子さんはこう言ったんです。「子供を産むというのは、それだけ大きなことなんですよね」と。

短いコメントなのだけど、む〜とテレビの前でうなってしまった。


私が衝撃を受けたのには、ふたつの理由があります。

ひとつはその内容。子供を産むのは命がけなのだ、ということ。

当時の私はまだ若く(たぶん学生)、そんなこと考えたこともありませんでした。

でもこのコメントのずっと後、私はそれを思い知らされる事件に遭遇しています。


会社の同じ課の女の子が、「産後の肥立ちが悪くて」出産後 半年ほどで亡くなったんです。

赤ちゃんは元気に生まれたけれど、彼女は出産後に入退院を繰り返し、一度も会社に復帰できなかった。

お祝いとお見舞いに行こうとしても、ご家族からは「今はちょっと・・」という返事ばかり。

そしてある日、突然そういう話を上司から聞かされ、めちゃめちゃ驚いた。


本人も二十代半ば。高齢出産でさえなく、なんの持病もない健康な女性の出産に、そんなことが起こるなんて思ってもみなかった。

そしてつい先日、43歳で初産を経験したアナウンサーの女性が、体調を崩して自殺というニュースを週刊誌で読み、

「子供生むって本当に大変なコトなんだよね」と。黒柳さんのコメントを思い出した。


身の回りの人(お母さんとか奥さんとか)のお産がトラブル無く終わっていると、子供を産むことの大変さってなかなか実感しにくい。

でも実際には「子供を産む」って母親にとっては命がかかってる。

高齢出産はもちろん、私の友人のように若くても、そして、人間以外の動物たちも、命をかけて子供を産んでます。

だからもっとお母さんに感謝しなくちゃ。私を生んでも、母が無事で本当によかった。


★★★


そしてもうひとつ、黒柳さんのコメントが印象的だったのは、彼女が(私の知る限り)出産の経験がない人だったということ。

他の人が「パンダかわいそう」「赤ちゃんパンダが見られなくて残念」といった情緒的なコメントに終始している中、

もしくは、せいぜい動物育成の専門家が「パンダの繁殖は非常に難しいんです」的なコメントを出している中、

彼女はずばり「子供を産む行為は命がけである」という一般の人が忘れがちな、でも、とても重要な事実を指摘した。

その鋭い洞察力というか、本質をついた発言に、私はものすごく感心したんです。

すごい、こんなこと言えるんだ!って。


しかもこの洞察を、彼女は「自己体験」なしに手に入れてる。

自分で体験していないことに関しても、本質を理解することは可能。
そういう能力を持つ人がいる。
自分も(精進を積めば!)そういう人になれる可能性がある、と思えて、すごく勇気づけられた。


★★★


よく言うでしょ。「あなたにはわからないわよ」って。

「体験した人でないとわからない」という言葉を半分信じつつ、私はこの言葉があまり好きじゃない。

だってそれって人間の限界を、分かり合うという行為の限界を、あまりにも安易に容認する言葉だから。


それが本当だとすると、「ブッシュ大統領は、イラクに生まれてないから、イラク人の今の気持ちはわからない」みたいな話になる。

そんな実も蓋もない結論でいいのか?


障害者が健常者に、
貧乏な人が金持ちの人に、
不細工な人が美人な人に、
「俺の気持ちはおまえにはわからない!」と言う時、それは「分かり合うことの拒否」に他ならない。


説明自体も、説明する努力もせず「どうせわかってもらえない」「おまえには絶対わからない」と言い切る。

それって切ないでしょ。
そう思うに至った経験を想像すると、本当に切ない。

だけど、そう言われてしまう。

コミニケーションの、相互理解の、拒否


黒柳さんのコメントは、私が怖れていたそういう絶望感を少しだけ和らげてくれた。

出産経験のない人が、出産の本質を誰よりも明確に突くことができるなら、私も、自ら体験できない多くの事象について、本質を理解できる可能性がある。

だからそれはとても明るい言葉だった。


以上、子供を産むという行為を軽くみないほうがいい。

そして、私たちは分かり合えるのだ、ということも信じたい。



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