市場の魅力 <質&量> 

昨日の日経新聞のトップ記事に、現代自動車が日本から撤退すると書いてあった。これはとても興味深い。(現代=ヒュンダイ、韓国読みだと“ヒョンデ”)

下記データにあるように、現代自動車は、世界ではホンダや日産より売れている。その上、昨年は他社がみんな台数を減らす中、一社だけ二桁の伸びを示している。

2009年の世界新車販売ランキング


順位(前年):メーカー、販売台数(前年比増減率)
1(1):トヨタ 781万台(▲13%)
2(2):GM 650万台(▲22%)※
3(3):VW 629万台(1%)
4(4):フォード 482万台(▲11%)
5(5):ヒュンダイ 475万台(15%)
6(6):ホンダ 339万台(▲10%)
7(7):日産 336万台(▲9%)
8(8):PSA 319万台(▲2%)
9(9):ルノー 231万台(▲3%)
10(10):スズキ 231万台(▲2%)


ソース)池原照雄の単眼複眼 http://response.jp/article/2010/03/03/137142.html


でもヒュンダイの車なんて日本では全く売れない。過去最高に売れた2004年(冬ソナブームの翌年)でも年間2500台程度、2008年はなんと年間500台だ。日本中に販売店が50店くらいあると思うので、ひとつの店で年間10台しか売れてない。一月に一台売れないの??だったら通販でいいんじゃないの?くらいの規模だ。

日本は多数の国産車メーカーがひしめく特殊な市場だし、韓国製にたいする不信感やブランドイメージの問題もあって、世界ではホンダより売れているヒュンダイも全然売れない。

こんな屈辱的な状況にも関わらずヒュンダイはずうっと日本での販売を継続してきた。おそらく最高販売台数の2004年でさえ大赤字だったろう。それに本来、韓国企業は日本企業より経営判断もシビアだし迅速なはず。

それなのになぜ、いままで撤退しなかった?


ここに「日本市場の特殊性」がある。


日本の市場はアジアの人と企業にとって、特別な市場なのだ。アジアには、「日本で売れたら一人前」と信じる人がたくさんいる。彼らは日本が大好きで、彼らにとってはアメリカで売れるより日本で売れる方が遙かに“ステイタスが高い”。

これは利益の問題ではない。日本の消費者というのは、“世界一の目利き”だと思われている。“本物がわかる人達”“ものすごい厳しい目で商品をみる人達”“違いのわかる消費者だ”、と思われているからだ。

アメリカ人はでかければ買う、安ければ買う、と彼等は思っている。「でも、日本人は圧倒的な品質とクールさを備えた商品しか買ってくれない。」 だから、中国、台湾、韓国などの企業にとって「日本で売れた!」ということは、ものすごく誇らしいことなのだ。

日本の映画界がよく「ハリウッド興行成績、2週連続一位!」みたいに宣伝してるでしょ。食品、雑貨、アパレル、化粧品、家電、耐久消費財等々の世界において、日本市場は、アジアの人、企業から「映画におけるハリウッド」のようなステイタスを認められている。彼等がどれだけ“日本”に憧れていることか。だからたとえ赤字でも、日本で売ることをなかなかやめない。

★★★

“市場の魅力”には“質と量”というふたつの観点がある。量において、日本市場は今後ずっと衰えゆく市場だ。人口が減って高齢者ばかり増え、特に消費意欲のある層が激減する。市場の量の魅力において、インドや中国に日本市場が勝てると考える人はいない。

しかし質という面では、日本は今まで圧倒的に価値ある市場だった。(今でも完全に崩れ去ってしまったわけではない。)多くの“世界を目指すアジア企業”にとって、日本市場は“商品テスト市場”として、“マーケティング目的のハイエンド市場”として、意義をもつ市場だ。ステイタス的な意味で、世界市場への登竜門だ。「日本市場(日本の消費者)のお墨付きを得る」ことこそが大事なのだ。

ヒュンダイだって、だからこそずっと日本にとどまり続けていた。「車の世界において、日本で売れない車」なんてのは完成していない商品のようなものだ。この「世界一車選びに厳しいこの国でこそ、我が社の車を売らなければならない!」と思っていたはずだ。


それを彼等はやめた。「もぉええわ」と思った。ケンチャナヨ〜と判断した。

「日本市場で売れなくても、欧米で売れて、中国とインドと南米で売れたらそれで十分じゃね?」

「日本市場で売れないのは、日本市場がすごいから、ではなく、日本市場が変だからじゃね?」

「背に腹は代えられない。いくらクールかしらんが、いくら最先端の消費者かしらんが、あんな市場にはつきあっとられんやろ」

とね。



アジア企業と違って欧米の企業は、日本市場に質としての価値を(自分達で)感じていたわけではない。なんでもおおざっぱで大味な彼等には「なんやねん、あの変な市場」って感じだった。

しかしその彼らも今までは、「日本市場で売れればアジア市場で売れる」ということは認識していた。「アジアには日本に対する多大な憧憬と尊敬の念がある」と彼等は気づいていた。だからアジアに進出したい欧米企業にとっても、日本は大事な市場だった。まずは日本市場を攻略しようとした。

しかし、アジアの人達が日本市場を特別視しなくなるなら、彼らだって(商慣習もやたらとややこしい)日本市場を他に優先する理由はなくなる。

アジアの人達が、
「日本ラブ!」

だからこそ、欧米企業にとっても日本市場は価値があったけど、アジアの人が

「日本? 別に」

となるなら、欧米企業にとっては市場の量として圧倒的な中国やインドの方が大事に決まってる。

P&Gが長らく日本においていたアジアの商品開発やマーケティング機能をシンガポール移管すると決めたのは昨年後半だ。


今のところまだ、アパレル、ゲーム、食などにおいては、これら“ジャパンプレミアム”は残存している。アジアには高価な大吟醸酒をありがたがって楽しむ富裕層もいるし、日本のファッションを追いかけ回る若者も多い。


んが、


それらだって努力なしには維持できなくなる。こういうことが“価値"なのだ、と誰かが明確に意識して定義し、強化し、ビジネス化(マネタイズ)していく、ということを考えなければ、テレビや車やガジェットにおいて、「日本ってちょっとすごいよね」が「ガラパゴスな市場だよな」とその評価を180度変えつつあるように、現在まだ残るその他の市場における「日本市場の“質”的な絶対的優位性」さえ、日本は近いうちに失ってしまうのかもしれない。


と思った。




うげうげ




そんじゃーね


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