チュニジアに続きエジプトでも独裁体制が崩壊し、リビアは内戦状態に突入、サウジアラビアやバーレーンでもデモが始まりました。加えて韓国は“中東では民主化デモで独裁者が倒れているぜ!”などと書いた扇動ビラを北朝鮮にまき始め、中国でもデモの呼びかけがなされるなど、アジアにも影響が及び始めています。
ちきりんも先日、「アラブの政変で負けようとしているのは誰なのか」というエントリで、中国にコトが及んだ場合の日本への影響について書きました。しかし、実際に中国や北朝鮮でも政変が起りうるのでしょうか?今日はそれらに影響を与えるであろう要因について考えてみました。
(1)一般人の経済的な豊かさ、将来性
最大の分岐点はこれでしょう。エジプトでは一般人の経済的な豊かさはここ何十年も変わらないどころか、エネルギーや食料の高騰で寧ろ苦しくなっていました。イスラエルと平和条約を結び、米国の支援もあったわけですから、巧く運営すればそれなりの経済発展も可能だったはずです。しかしそれらの果実はすべて、独裁者と特権階級層に独占され浪費されてきました。
しかもこの情報化社会では、彼らは中国やインドがいつのまにか豊かさレベルで自分達を越えつつあることや、ドバイのあり得ないような国土開発のスピードまで目にしてしまいます。これでは「オレ達の国はなんかおかしいだろ?」と思って当然です。
反対に、中国はここ数十年、圧倒的な力強さで経済発展を遂げてきました。たしかに貧富の差は大きくなったけれど、過去と比べて貧しくなった人の数は限定的です。共産党も「特権階級の豊かさ」だけではなく、「一般人の豊かさ」を向上させるためにも多大な努力をしています。
中国の民衆にしてみれば、言動の自由がない、不正が多く格差が大きいなど不満はあっても、「今は経済発展を優先させるべき時」、「自分のキャリアを積むことを最優先に考えよう」と思うのは合理的な判断です。
(2)情報統制のレベル
国家がどの程度、情報を遮断、統制しているか、も政変が起るかどうかの重要な条件となるでしょう。多くのアラブの国ではアルジャジーラを見ることは難しくなく、エジプトでは一般人が日常的にムバラク氏の悪口を言っていました。
この点、北朝鮮ではテレビのチャンネルまで固定されるくらい情報統制が行われているし、中国でもインターネットは広範に規制されています。当局に反抗する活動家は容赦なく投獄されたり治安警察の監視下に置かれます。
人の国際異動を積極的に推進している中国では、“都市部のエリート層”は世界の情報を持っていますが、同時に、彼らはまさに現在、(1)で書いた経済発展の恩恵を受けている層でもあります。経済的に成功した国際的なビジネスパーソンになりたいか、国内で投獄されたいか、前者を選ぶ人が多いのもまた合理的な判断と言えるでしょう。
(3)軍と現政権の距離
今回、最後にエジプトで政変が実現したのは、軍が中立的な立場を示した(=事実上、民衆側についた)ことが大きかったと思います。今、内戦状態になりつつあるリビアでも、軍の中から民衆側に造反する人がどの程度でてくるかが、政変の正否を分けるでしょう。
北朝鮮はこの条件を非常に重要視しており、“先軍政治”と称する“軍を最優先する政権運営”が長らく実行されています。中国でも今のところ、軍と共産党は一体化しており、天安門事件の時と同様、軍が政権側に忠実である限り、民衆側のデモが成功する可能性は非常に限定的と言えるでしょう。
この点については、軍隊のプレゼンスの弱い日本ではなかなか実感がもちにくいのですが、中国とは「軍の力によって存立している国」なのです。
(4)民族的なプライド
エジプトは「アラブの盟主」と言われます。しかし実際には、真っ先にイスラエルとの平和条約を結んだ「アラブの裏切り者」でもありました。国民はこれらを非常に“恥ずかしいこと”と感じていました。
チュニジアという小国で政変が成功した時、エジプト人の多くは「オレ達もなんかやるべきだろ?」と感じたのでしょう。もしもチュニジアからリビア、サウジアラビアなど他国に政変が伝播し、それでもエジプトだけはムバラク氏の独裁が続くとしたら、彼らは「オレ達は本当にアラブの盟主なのか?」という屈辱を味わうことになります。そういった“プライド”がエジプト人の気持ちに火を付けたのではないでしょうか。
中国でも知識人は今の体制を「恥ずかしいこと」と感じています。人権活動家を拘束し、インターネットを国家の好きに規制する政府を誇りに思う人はいません。もしも北朝鮮で政変が成功したら、「アジアで独裁なのは中国だけになった」「あんな小国で民衆が立ち上がったのに、オレ達はこれでいいのか?」と、彼らもまた当然に考えるでしょう。
実際には北朝鮮での政変が中国より先に起る可能性は非常に低いので(下記参照)、「中国人のプライドに火を付けるもの」が何か他にでてくるか?という点がポイントとなります。
ただ、日米欧のすべてが中国の経済力に依存している現状では、彼らの体制にあからさまに文句を言う国は世界にありません。これでは中国人の多くは自分の国に誇りをもつことはあっても“恥ずかしい”と感じる機会が増えることは当面ないでしょう。
そういう意味ではノーベル財団というのは、さすがにさすがな組織ではあるのですが・・・。
(5)独裁者に後ろ盾があるか
ムバラク氏はアメリカに見放されました。欧州もチュニジアの独裁者を見放しました。これが独裁者の最後の頼みの綱を断ち切りました。
この点で、“中国という後ろ盾がある北朝鮮”の崩壊は考えにくいです。中国と北朝鮮の(しかもかなり長い)国境は夏には泳いで渡れる程度の川です。北朝鮮の親中政権が崩壊して韓国に併合されれば、その川のすぐ向こうに“在韓米軍”の基地が配置されるでしょう。中国がそんなことを許すはずがありません。彼らにとっては北朝鮮は国防上非常に重要なエリアなのです。
人権だ民主化だのと言ってきた手前、民主化運動と対峙するムバラク氏の支援は憚られたアメリカと異なり、中国は北朝鮮支援に葛藤はありません。この意味で、ちきりんは北朝鮮の単独政変は起こりえないと思っています。(もちろん、北朝鮮の後継者が中国に刃向かえば、首をすげ替えられることはあるでしょう。)
一方の中国には国際的な後ろ盾はありません。まさか中国で政変があっても、ロシアが政権維持に尽力するなどと思う人は誰もいないでしょう。中国の独裁政権はまさに「自力で」自分達の体制を維持する必要があるのです。
★★★
まとめると、中国では、
(1) 現時点では経済発展を優先させたほうが合理的と一般の人も判断している。
(2) 情報管理は一定の効果を上げており、情報をもつ都市部の知識層には経済発展の恩恵が大きい。
(3) 軍は現政権に高いロイヤリティを示している。
(4) 知識人のプライドを揺さぶる国際的圧力は、中国が経済発展を続ける限り大きくならない。
(5) ただし一旦何かあれば、現政権に国際社会の後ろ盾はない。
という感じですね。
となると、中国共産党にとって重要なことは、「経済発展を持続すること」と「軍を完全掌握すること」のふたつなのですが・・・実際にこのふたつは、現在の中国共産党がまさに心血を注ぎ込み、細心の注意を払って維持しようとしていることでもあります。
“共産党”という党が、なぜあそこまで資本主義的な思考や仕組みを取り入れるのか、今でも違和感を感じる人は多いでしょう。しかし彼らにとって「経済発展のために最も効率的な方法を選ぶ」のは、彼ら自身の存立基盤維持のために最も重要なことだというわけです。
彼らだって「何が大事か」よーくわかっている、のでしょう。
そんじゃーね。