連載04) 非常時対応とは? 復興とは?

<日本の地方と若者の政治参加を考える特別連作エントリ>
連載01)  新宮市に行ってきた!  
連載02)   並河哲次 新宮市議 26才
連載03)   新人議員、大災害の衝撃!

引き続き、並河新宮市議に「緊急時の行政対応」について、お話を伺っていきます。


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ちきりん「並河さんが、あの大災害を経験して学んだことは何だったのか、まとめて教えていただけますか?」

並河氏「住民の命が行政対応にかかっていることを身を以て学びました。

死者が出た地域はすべて、避難勧告も指示も出せていない地域でした。河川水位が避難勧告を出すべき数値になっても、最終的には人的な判断で避難勧告を出すかどうか決める仕組みなので、水位は越えていてもまだ大丈夫だろうと判断しているうちに、予想以上に早く水位が上って勧告を出すのが遅くなったり、出せなかった地域があったんです。

今回のような100年に一度という、職員の人が未経験の大雨の場合は、現場の判断は誤ることがあるので、数値が一定以上になれば自動的に避難勧告を出すルールにしておかなければならない、と思いました。


また同時に、住民もこういう緊急時には行政の災害対応に頼り切っていてはいけないとも思います。行政は予想を上回る災害に混乱し、支所と連絡が取れなくなったり機能がマヒすることもあるんです。平常時の業務は得意でも、緊急時に臨機応変な対応が求められる状況は不得手だともいえます。

「災害時は行政は動けない」くらいの認識を持って、住民自身でも自助・共助といった災害対応の力を持たなければならないと強く思いました。」


ちきりん「行政として、もしくは議員として、市民に『自分達でも自主的に対応してください』と呼びかけるのは勇気のいることです。けれど、実際にはそれって大事なことですよね。私も自分の命は自分で守るのが基本だと思っています。避難命令なんてでなくても、自分がヤバイと思ったら逃げるべきなんだろうと。」

並河氏「行政としてベストを尽くすべきなのは当然なのですが、どうしても対応できない部分については、「できないので準備してほしい」と予め周知しておくことが必要だと思います。

今回の大台風では5日間も断水し、2万人が水不足の状態になりました。断水が起こり、道路も通れなくなった場合を想定して、平時から水・食糧の確保を徹底してお願いしておくべきだと思いました。」



写真:2011年 台風12号の被害 新宮市 取材日にちきりん撮影


ちきりん「大災害を経験したことで、議員になろうと思った時と比べて、市議としての考え方が変わりましたか?」

並河氏「変わりました。いくら平常時にいろんな施策に取り組んでも、人が亡くなってしまっては意味がない。行政・議会に、住民の生命財産を守るという役割があることは認識していましたがそれが現実に起こりうる事態であり、災害時こそまさにやり遂げなければならない時であることを再認識しました。

教育や農林業など長期的な展望で改革案を考えることも必要ですが、緊急時に、市役所が、適切な対応が取れる体制を整えるように平時から働きかけていかないといけない。


また、議員として災害時にできることがある、とも気がつきました。議員は行政官ではないので(新宮市では)災害時の担当業務はないのですが、普段からいろんな組織や市役所のことを把握しています。

なので、緊急時に行政の各組織が担当業務に忙殺されているときに、遊軍というかフリーのコーディネーターのような働きができるとわかったんです。組織を越えて問題に対処するための行動ができるというのは、価値のある役割だと思いました。」

ちきりん「なるほど。議員の方が行政スタッフより、組織の壁を越えやすい立場だということなんですね。それは確かに緊急時には重要ですね。」

ちきりん「では新宮市のような街にとっての危機対応の準備として、必要な事項をまとめるとどうなりますか?」


並河氏「次の4つだと思います。


(1)情報伝達手段
情報伝達ができなければ、救助要請もできません。通常の固定電話、携帯電話がつながらず、かつ停電状態でも使えるように、衛星電話と発電機を孤立する可能性のある場所すべてに配備すべきです。


(2)柔軟かつ的確な指示が出せる人がトップに立つこと
非常時にはどんな完璧な「危機対応マニュアル」を作っていても対応できないことがたくさん出てきます。だからマニュアルにとらわれず、その場で臨機応変に対応できるリーダーが不可欠です。


(3)現場に決定権を与えること
被害の大きかった旧熊野川町地域(山間部)には、「熊野川行政局」という支所があり、行政局長がいます。しかし、危険箇所が多い山間部とは遠く離れた場所にいる市長しか、避難指示が出せない仕組みなんです。状況に応じて行政局長に避難指示を出す権限を与えるなど、現場に決定権を委譲する必要があるでしょう。


(4)他地域・他機関との協力
緊急時には、他の自治体や他の組織の協力が必須になります。普段から連携し、協力相手の能力を理解しておくべきだと思います。


今回も協定に基づいて、隣の市の消防が(道路障害の関係で)新宮市の消防より早く救助に向えました。逆に、夜でも救助ヘリは飛べるのかなど、自衛隊の能力を事前にもっと把握できていれば、的確でスピーディな支援要請ができたと思えるケースもありました。」


ちきりん「どれも大事ですね。福島の原発事故でも“現場で判断”の方が良かったことはたくさんあったはず。何でもかんでも「官邸の判断」なんて待ってたら全く間に合わない。」


壊れてしまった“道の駅”

写真:本人提供

“道の駅”の看板が現地に残されていました。
写真:2011年 台風12号の被害 新宮市 取材日にちきりん撮影


ちきりん「ところで新宮市のような場所にとっての復興 とは何を意味するのでしょう? 元に戻すのが復興なのでしょうか?」

並河氏「私は復興という言葉には違和感があるんです。もともと少子や高齢化でどんどん衰退していた場所です。 災害がなかったとしても、復興はある意味では必要とされていたことで、単純にもとの状態に戻ればよいということではありません。

ひとつは水害の多い地域であることを前提として、住民自身も備えや訓練を定期的に行うことが必要です。前と同じ災害対応のままで元に戻しても、次の災害が起これば同じことが繰り返されてしまいます。


もうひとつは「災害でできた新たな関係を通じて、新しい人を呼び込む」ということです。いわば、「災害をバネにする」という考えもできると思うのです。

たとえば今回はボランティアセンターを通した方だけでも、2ヶ月で延べ1万人の方が災害復旧支援をしてくださいました。その中には若い人も多く、今も継続して関わってくれているボランティアの方もたくさんいる。

高齢化率30%(山間部では43%)にもなり、自主防災ということが現実には難しい地域も多い中、もし若者が新たに住みつくといった状況をつくることができれば、災害対策にもなります。移住するとまでいかなくても、田植えやイベントだけを手伝ってもらうこともできます。

災害を契機に新たに関わるようになった人たちを巻き込んで街づくりを行っていくことが、地方の復興のひとつのモデルになるのではないでしょうか。」

ちきりん「なるほど。それも東北などで起こりつつあることと同じかもしれませんね。」

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最後の考えはおもしろいと思うし、東北などでも同じようなことが起こっているケースも少なくないと思います。けれど、「若者を呼び込めた地方が救われる」となると、結局は「若者呼び込み競争に勝てるか?」が地方復興の鍵になるのかとも思われ、そうなれば、そこにもまた一種の競争原理が働くのかな、とも思えたり・・。

なかなか難しいですね。


さて、次回からは災害の話を離れ、地方自治、地方政治そのものについて、一年生議員、並河氏の考えをお聞きしてみたいと思います。


そんじゃーね!(続く)