この前ある本を読んで、
「なんで最近は、大学を卒業しても正社員になれないんだろう?」
「今でも多くの人が『教育投資は報われる!』と信じているけど、だったら奨学金の返済に苦労する人がなんでこんな多いの?」
ってことの理由がようやく理解できました。
下記の表は、日本の近代化が始まった明治維新から戦後までの「仕事の割合」と「学歴の割合」を対比したイメージ図で、
左側の三角形が仕事の割合、右側の三角形が学歴の割合を表しています。
図1:明治維新から戦後まで
左側、一番上の水色のところは、社会の司令塔として働いている人たち。
明治維新直後でいえば、官吏(高級官僚)であったり、新日鉄などの官営企業、もしくは三井、三菱、住友など、財閥系を中心とした大企業の基幹職として働く人が、水色部分にあたります。
彼らは帝国大学(旧帝大)や早稲田や慶応など、数少ない一流大学を卒業しており、超のつくエリート。
人数も極めて限られており、給与もかなり高かったようです。
なにより「洋行」(海外への視察出張)などという、一般人にはありえないような経験を、仕事を通して得られる人たちでした。
その下のピンクの層の人たちは、そういった企業や公的部門で働く事務スタッフ。
彼らは大学を出ていません。
この頃の大学進学率は 1割とか 2割。中卒で働く人も多い中、職業訓練校か高校をでていれば、事務スタッフとして働くには十分でした。
ちなみにこのピンクの人はいわば「ノンキャリ」で、いくら優秀でも指導層になることはできません。
が、
オフィスで仕事をするホワイトカラーとして、地域コミュニティの中ではそれなりの社会的地位にあったと思われます。
そして黄色の部分。当時は大半がこの層に属していました。
図1:明治維新から戦後まで
農業や漁業、林業などに従事する人は最低限の教育さえ受ければいいと考えていたし、職人や職工も同じです。
高校進学率が 9割を超えたのは高度成長期の 1975年頃であり、終戦後しばらくまでは、中卒で働くこともごく普通でした。
(参考:図録▽高校・大学進学率の推移)
子だくさん、かつ貧しい時代には「できるだけ早く働きにでる」のが大半の人にとって「あたりまえ」だったのでしょう。
さて、ここでもう一度、図1をよく見てみてください。
注目すべきはこの時代、「仕事の割合」と「学歴の割合」はマッチしている、ということです。
大卒の資格が必要な仕事の数と、大学に進学し、卒業する人の数はほぼ同じ。
だから水色部分の職業に就くには大学に進学しなくちゃいけなかったし、反対に、大学に進学すればそういう仕事につけたわけです。
これだと「大学を出たのに、希望の職に就けない」ということは起りません。
まさに「教育投資が報われていた」時代です。
★★★
しかしその後、日本は戦後復興を成し遂げ、高度成長の時代に入ります。
ここで起ったのが「進学率の急上昇」です。
図2にあるように、高校、そして大学に進学する人が急増します。
図2:高度成長期
特に進学率の上昇は都市部で顕著となり、東北地方から夜汽車に乗って上野に到着する中卒労働者たちは「金の卵」と呼ばれました。
とはいえ仕事と学歴の割合がバランスしなくなったのかといえば、そうではありません。
進学率が上がったにもかかわらず、この時代も「仕事の割合」と「学歴の割合」はマッチしていました。
なぜなら進学率の上昇とともに、「高い学歴を必要とする仕事」も増えたからです。
時は高度成長期。
財閥系以外の一般企業も次々とその業容を拡げ、雇用を増やします。
高校や大学で教育を受けた人のニーズは、進学率と同様に上がっていきました。
だからこの時代も「教育投資は報われていた」のです。
★★★
ところが低成長の時代がやってくると、このバランスが崩れてしまいます。
次の図3を見てください。
高い学歴を求める人は増え、高校進学率は 95%を超えてきます。
大学進学率もどんどん上昇し、日本全体の平均でも 6割超。都市部のみで見れば、さらに多くの人が大学に進学します。
図3:先進国になったあとの低成長期
んが!
世の中は低成長時代。イノベーションの起こせない日本企業はこの頃から長い低迷期に入り、「高い学歴を必要とする仕事」を増やすことができません。
ここ 30年、マイクロソフトやグーグルなどシリコンバレーで勃興したIT産業から、ウォールストリートやシティでの投資銀行業界、民間による宇宙開発産業まで、欧米先進国では高度な教育を必要とする仕事が次々と生まれ、増え続けました。
一方、「ものづくり」にこだわり続け、変化を忌避した日本では、高度な知識を必要とするデジタル産業やバイオ産業、金融業やAI関連産業が発展せず、「博士号を持ってる人を採用しても使える職場がない」という状態に陥ります。
日本が誇る“ものづくり”の現場、「工場」では、働く人にそこまで高い学歴が求められるわけではありません。
大卒で十分どころか「大卒より、できれば真面目に働く高卒をもっと採用したい」と考える企業さえ多いのです。
こうして日本では「仕事の割合」と「学歴の割合」がバランスしない時代が長く続くことになってしまいました。
その結果は、図を見ると一目瞭然。
図3:先進国になったあとの低成長期
点線部分を見ればわかるように、大学を出てもリーダー層どころか、一般企業の正社員にさえなれない人が出てきました。
てか、多くの人が大学を目指せば目指すほど、「非正規にしかつけない大卒」が増えるという皮肉な構造に陥っています。
これでは借金をしてまで大学に進学しても非正規の仕事にしか付けず、ちょっと不況になると職を失うこととなり、借金を返すなんてできません。
「教育投資が必ずしも報われるわけではない時代」の到来です。
大変やん!
★★★
ここでちょっくら問題を整理しておきましょう。
この変遷からわかるのは、「仕事が高度化しない国で進学率が高くなると、仕事と学歴のミスマッチが起こり、教育投資が報われなくなる」というメカニズムです。
高校生やその親は「大学に行かないと、いい仕事には就けない。だから借金してでも(=奨学金を借りてでも)大学に行くべし!」と考えますが、
残念ながら、学歴を手に入れても「就ける仕事」が変わるわけではありません。
「仕事の割合」は、その国の企業がどれほど「高い学歴=高い専門性や能力が求められる仕事を生み出せるか」によって決まってしまうからです。
いいですか。
いくら国民が(or 個人が)一生懸命勉強しても、いい仕事に就けるわけではないんです。
その国で提供される「いい仕事」が増えない限り、いくら高い学歴を手にしても「いい仕事」には就けません。
むしろ学歴を手に入れるために注ぎ込んだお金と時間が借金として人生を縛ってしまうだけです。
ちなみにこれと同じことは、10年くらい前の中国、そして今の韓国でも起っています。
進学率の上昇に産業構造の変化が追いつかないと、「報われない若者が増えるだけ」になる。
これは普遍的なメカニズム(事実)なのです。
★★★
じゃあ、大学に行った人がみな「大卒としてふさわしい仕事」に就けるようになるには、どうなればいいのか。
答えは次図のように、仕事側が高度化する必要があるってことです。
図4:欧米先進国の先進エリア
こんな仕事割合の国、あるのか? と疑問ですよね。
あります。
その国の国民だけに限って言えば、欧米の先進国はこの形を実現しようとしています。
残念ながら黄色の部分は本当はもっと大きいのですが、その部分は今は「移民・外国人労働者」に担わせているので、自国民だけでいえば、この形が実現しようとしているエリアもあります。
てか、シリコンバレーや金融街など、一部のエリアにおいては、さらに高い学歴まで必要とされるようになっています。(下図参照)
図5:欧米先進国の先進エリア 今後
そしてこれに焦った日本。「日本も博士を増やさなければ!」と「学歴側の三角形」のバランスを変えようとします。
政策的に(=人為的に)博士課程の予算を増やし、博士を量産したのです。
しかしそんなことしても左側の「仕事の三角形」は変わらないため博士へのニーズも増えない・・・
結果、大量の博士(学位取得者)が悲惨な境遇に放り込まれたことはみなさんご存じのとおりです。
「教育投資が報われ続ける社会」を実現するためには、高い学歴をもった人が増えた分だけ、
それらの高い学歴(により身につけた能力、専門性、リーダーシップなど)を要する仕事が増える必要がある。
日本では個人だけでなく文部科学省さえコレを理解していなかったため、「学歴側だけ」をいじって不幸な人を増産したのでした。
★★★
仕事側のバランスを変えるという意味では、黄色の部分の仕事も減らしていく必要があります。
これ、いままでは「移民にやらせる」しか方法がなかったのですが、今後はAIやRPA、ロボットなどによって、地球全体でも黄色の部分の仕事は減らしていくことができるのかもしれません。
いずれにしても、ここで理解すべきは、
「苦労して高い学歴を手に入れても、産業構造が変わらなければ教育投資は報われない」ってことです。
「教育への投資は報われる」という言葉は「前提条件により、正しい場合もあれば、正しくない場合もある」んです。
自分の国の産業構造が変わらない場合、高い学歴&それを手に入れるために投じた資金と時間を回収するためには、「そういう社会構造の国に移動する」といった方法しかありません。
★★★
以上、まとめておきます。
「大学を出たのに非正規の仕事にしか就けず、奨学金も返せない世の中はおかしい!」と叫んでいる人たちは、「この問題を解決するためには、何を変えなければならないのか」、正しく理解する必要があります。
問題解決に必要なのは「返済不要な奨学金を増やすこと=大学進学を支援すること」ではなく
「積極的な規制緩和と新技術の導入により、黄色の仕事をどんどん減らすこと」であり、同時に、
「同じく大胆な規制緩和により、高度な専門知識が活用できる仕事をどんどん増やすこと」です。
それなしには「いくら頑張って大学に進学しても」大卒者の全員が想定した仕事に就き、大学進学に要した資金を回収できるだけの報酬が得られる社会は実現できません。
今日のエントリは、下記の本をよんで「自分のアタマで考えたこと」を書き留めたものです。
仕事が三層構造にあることなど様々な学びはありましたが、かなり難解な文章の本なので 12歳のときの私に勧められるレベルの本ではないかな。
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むしろ「どうやって考えればいいのか」を先に学んでいただいたほうが早道かもしれません。
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