分業と非分業

社会には、「どんどん分業が進むもの」と「どんどん非分業が進むもの」があります。

一般的にビジネスの現場では、どんどん分業が進んでいます。

昔は全部ひとつの会社で作っていたのに、今は液晶はA社、バッテリはB社、プラスティック成形はC社と、全部違うメーカーが作ります。

ひとつの工場の中でも、組み立てる人、塗装する人、検品する人、等に分離され、開発は日本、組み立ては台湾という国際的な分業も多くなっています。


事務職も同じで、昔は総務部が人事も総務も法務も全部担当していたのに、今は人事部、総務部、法務部に分かれ、人事部の中がさらに、採用だけやる人、給与計算だけやる人、労組対策を専門にやる人、と分離してきています。

どんどん分業、ずんずん分業、という感じです。


ところが反対に“家庭”では非分業化が進行しています。

昔は、“家事と育児だけする人=妻”、“稼ぐだけの人=夫”、“勉強だけの人=子供”、“留守番と近所つきあいの担当=おじいちゃん&おばあちゃん”のように、

家族はそれぞれの役割を分業して担当し、各人は一業務専任でした。

ところが今は、夫も妻も両方が働くし、どちらも家事や育児を担当する方向に進んでいます。

家庭では分業をやめる動き(非分業化)が主流となりつつあるのです。


なぜ、ビジネスでは分業が進み、家庭では非分業が進んでいるのでしょう?

理由は「分業体制と生産性」の関係にあります。


効率を上げるためには分業体制が適しているのです。分業すればスキルは高度に専門化して生産性があがります。

料理は妻がずっと作っていた方が美味しいし、洗濯も掃除もたまに夫にやってもらうより妻が自分でやった方が手早く終わらせられます。だから効率や生産性が重要なビジネス現場では分業が進みます。


ところが、効率を追求するとおもしろくなくなります。分業による高効率は楽しくないのです。

「家事と育児だけの毎日」「仕事のみの人生」をつまらないと感じ始める人が増えているから、家庭では分業をやめるところが増えているのです。


実は工場でもセル方式といって、“非分業”を取り入れる流れがあります。

これも、「あまりに分業すると、たとえ仕事であっても従業員がやる気をなくしてしまうから」です。

分業というのは行き過ぎると“歯車感覚”がでてきて、おもしろくなくなるのです。


★★★


ところが、ここに落とし穴があります。

分業でも非分業でも時間は 24時間しかありません。

インプットが変えられないのに非分業体制によって専門性(スキルレベル、生産性)が低下すると、全体として成し遂げられることの量が減ってしまいます。


ビジネスはこれまで「分業化」を推し進めることで成果を拡大してきましたが、家庭に関しては「非分業化」の流れのなかで、達成できる成果がどんどん縮小しているのです。

実は少子化はその結果ではないかと私は思っています。

「非分業化による効率の低下が、家庭全体で達成できる成果の減少」、すなわち“もてる子供数の減少”につながっているのではないかということです。

分業モデル(専業主婦モデル)なら子供を二人もつのは難しくないし、三人もなんとか可能でしょう。

しかし非分業モデル(共働き)では子供一人でも大変です。

二人もつのは相当の覚悟が要り、非分業モデル(共働き)で子供三人は不可能に近いくらい難しいです。


また経済的にも、共働きの方が有利とは限りません。

従来は夫一人が働いて、配偶者、子供、親を全部養っていました。

今は共働きで一見、世帯収入は増えていますが、実質的には豊かになっていないケースもあります。

なぜなら共働きモデルは様々なコストが高いからです。

子供を預けるコスト、料理の中間品を買ったり外食する割高分、親の介護を外部にお願いするコスト、職場の近く住むための家賃の高騰分などが余分にかかります。


さらに(古い考え方が残っている)税金や社会保障に関しても、共働き家庭の負担は専業主婦家庭より重くなっています。

また専業主婦なら子供を一人育てるのも二人育てるのも手間や費用は倍にはなりませんが、共働き家庭が子供をふたり保育園に預ければ費用は必ず倍かかります。


このように“非分業”体制はコスト高であるため、二人分の収入があっても必ずしも常に経済的な余裕が大きいわけでもなく、子供の数が増えるほど分業(専業主婦)モデルの方が有利になってきます。

つまり、分業体制を解消した家庭においては、その非効率さのために時間も家計も余裕がなくなり、そのためにもてる子供の数が少なく抑えられているのではないか、というのが、私の仮説です。


しかもこの傾向はこれからも変わらないでしょう。

家庭は競争ではないので、成果の多さ(経済的ゆとりや子供の多さ)より、生活の楽しさや生き方の好みが優先されるのは当然です。

この点、高度経済成長時代においては、妻が家事・育児一切を引き受け、男性は家のことを忘れて超長時間働くという方式でなければ、テレビや冷蔵庫やエアコンを買うための“昨年よりずっと多い収入”を毎年確保することはできなかった。

だからみんな(ある意味では仕方なく)分業モデルを選択していたし、それが結果として高度経済成長を実現させたのです。

しかし今は、そこまでの働き方をして手に入れたいモノをみんな見いだせません。

超長時間働いて毎年給与を上げるより、家庭と仕事のバランスをとりたいと思い始めています。分業して生産性をあげたいという動機がありません。


では少子化を食い止めるにはどうすればいいのでしょう?

解は「楽しい分業を可能にする」か、「成果の落ちない非分業を目指す」のいずれかです。

「楽しい分業」は核家族では限界があります。

夫婦二人では分業の選択肢は「一人が仕事に専念、もう一人が家事・育児に専念」しかありえません。たまたまニーズの合う男女が結婚する場合のみなりたつ方法です。


もうひとつの「成果の落ちない非分業」はどうでしょう。

こちらは、職住近接、在宅勤務推進、職場での保育園の完備(病児保育含む)、男女とも有給休暇や育児休暇を取得できる環境、安心でおいしい手作りご飯がすぐに手に入る環境、そして子育て費用の支援、などが整えられれば可能になります。


非分業で親がふたりとも働いていても、家事や育児を分担しつつ子供が 2人でも 3人でも育てられるようになれば、子供の数を増やしたい人はたくさんいると思います。

しかしこれを実現するには、男性を含めた企業社会の働き方の変革、様々な家事や子育てのサポートビジネスの普及、公的資金による育児支援などが不可欠です。

実際、フランスなど少子化を克服しつつある国の多くがこのアプローチで成功しているのですから、可能性はあると思います。

また関連のサポートビジネスは新たな内需産業としても、雇用創出の源としても効果が期待できます。


間違えてはならないのは、家庭はもう“分業”の世界には戻らないと理解することです。

保守派のおじさま方の中には「女が働くから子供が少なくなる」「女は家庭に戻って子供を産むべき」という意見もまだ存在しています。これは「分業に戻れ」という意見です。

しかし時代の時計の針を戻すのは不可能です。それを言っている限り少子化は止まりません。

これからは家庭の非分業を前提として、それでも子供が 3人もてるインフラや制度を整えることに力を注ぐしか(子供を増やしたいなら)手は無いのです。



じゃね!


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