時を超えて

今日は新疆ウイグル自治区について。

といっても、現在起きている暴動のことでも、独立運動や中国の民族問題の話でもありません。ちきりんはそれらのことについて判断したり書く知識をもっていません。

そうではなく、私が2004年にウルムチをはじめ「新疆ウイグルエリア」を旅行した時のことを書いておきます。

私は“歴史、遺跡”好き。シルクロードの世界も大好きで、このエリアもずうっと関心がありました。

実際に旅行プランを立ててみると日本からのアクセスも案外いいんですよね。西安までは毎日飛行機が飛んでいるし、その後は中国の鉄道が整備されています。寝台なので長距離でも安心、安全、格安。

で、敦煌、トルファン、ウルムチと定番の観光地を訪れました。


この旅行でちきりんが一番感動したのは、敦煌の莫高窟でも西安の兵馬俑でもなく、ウルムチの博物館でみた何体もの“ミイラ”でした。

楼蘭美人と呼ばれる有名なミイラの他にもいくつかの古代の人のミイラが展示されているのですが、それがもう圧巻で、言葉を失いました。

それまで私にとって、ミイラとは、エジプトのミイラでした。

それは布でぐるぐる巻きにされた“ボディ”であって、「あの布を外したら人の体が入っているらしい?」とは思うけど、中身は見たことない。布で巻いてあるどころか、様々に飾られた棺桶に入っていたりもします。

なので、ミイラったって、実際には人間の姿として認識されるわけではありません。

たまに資料映像で見るそれは「骸骨と、骨にへばりついた皮」というようなものであって、生きている人間の姿とは全く異なる「人体模型」とでもいうべき代物であったわけです。


ところが、ウルムチで見たミイラは「人間がそのまま乾燥している」んです。

なかなか言葉では説明しにくいのですが、本当に人間のそのままが乾燥してる、ものがミイラ、なんです。そのリアルなこと。驚愕です。息をのみます。動けなくなります。

爪、眉毛、髪の毛、ひげ、顔の肌、そのシミなど。すべてが“そのまま”乾燥して、ガラスケースの中に入っているのです。

もちろん洋服も着ています。服も一枚の布きれ、というより、ベルト的に巻かれた布や、飾りの部分などもそのままに残っています。

まるで「水を掛けて3分待ったら起き上がるんじゃないか?」と思えるほどのリアルさです。


「人間て、そのまま乾燥すると、こうなるんだ・・・・」と思いました。


それは余りにリアルな「乾いた人間」でした。

あちこちの国に旅行に行きましたが、あれほど衝撃を受けたものは他に思い浮かばないです。何時間、あの博物館にいたかも覚えていないくらい長い間、その博物館を離れられませんでした。


当時は安普請のぼろい建物でした。「こんなとこに貴重なミイラを置いといても傷まないわけ?」と心配になるほどでした。

でも実際のところ、博物館のショーケースの中だけではなく、ウルムチの町全体が「ミイラ製造都市」みたいなところであったわけです。

ウルムチも高温、乾燥、そしてやたらとホコリっぽい町です。新疆ウイグルのミイラは「いろいろ加工してミイラになった」わけではなく、「その辺に放置されてて数千年たったらミイラになっていた」ってものなわけです。

「人間そのままのミイラ」・・ある意味、私が見たのは「死体」なのです。

「死体」なんてそんなにまざまざと見る経験は普通、ありません。それがガラスケースに入って、何千年の時を超えて、生きていた時とほとんど変わらない姿で横たわっているのです。

そして、それを私たちは(ガラスケース越しとはいえ)たかだか20センチ離れたところから凝視できるのです。


「これが、数千年前の人間なんだ」と。


それは、その人の人生や生活にリアルに想像がおよぶほどの「現実感」をもった「人間の亡骸」でした。


★★★


駱駝でおなじみのシルクロードですから、このエリアの基本は“砂漠”です。あちこちにオアシスがあるし、天山山脈の雪溶け水が流れこむ川や滝などもあり(なんせ広大なエリアですから)山あり河ありなのですが、でも基本は“砂漠”です。

私は長距離は鉄道で移動しましたが、各滞在都市ではガイドさんとドライバーさんを雇って車で移動していました。昔の砂煉瓦の王宮など様々な見所がありますが、それらの見所の多くもパサパサ・カラカラに乾いた“砂”の迫力です。

時には車で2時間くらい走っているのに、景色としては砂しか見えない、というエリアが続くこともあります。オアシスの蜃気楼も見えますし、砂嵐の時には観光も中止になってしまいます。

「こういうエリアなんだ〜」と思いながら進んでいると、ところどころに、ぼこっと砂が盛り上がっているものが見えていました。一カ所に数個から数十個まとまって「砂場に作ったお山」みたいなものがあるのです。

私はガイドさんに聞きました。「あの盛り上がっているのはなに?」と。

ガイドさんは答えました。「あれはお墓です。この辺りには火葬の習慣がないので、無くなった人は砂の中に埋めるんですよ。」と。



私は・・・再び言葉を失いました。



今日亡くなった人も、砂漠に埋められているのです。

そして数千年後にその体は「そのままのミイラ」になって、誰かに掘り出されるのかもしれません。数千年前の人のミイラを博物館のショーケースで展示しながら、今日なくなった自分の身内を砂漠に埋めて祈る。

人間と地球の関わりのなんと普遍的で、深い契りでしょう。

「ここで死ねる人はすごい幸せだ」と思いました。文字通り「地球から生まれてきて地球に戻るのだ」という感じでしょ。

人生を終える場所が選べるなら、ここで死にたいかも、とも感じました。普通の人の人生が、歴史になれる場所だと思えたから。


★★★


話はこれで終わりです。最後に旅行の写真の一部を紹介しておきましょう。ミイラの写真はありませんからご安心を。


現在バスがひっくり返されたりと暴動が起こっているウルムチの町です。5年前の写真なのに、案外、大都市で驚きますよね。

こういう「大発展」から得られる利益の多くを漢民族のビジネス層や役人層が独占してしまっていることが、ウイグル族などの人達の不満として鬱積していると思われます。


イスラム教の人が多いのでこういう建物が多く、中国というイメージとはかなり違います。


高昌故城という昔の王宮です。すごい迫力です。


比較的水が少なくても育てられるブドウが特産とのこと。これはブドウを乾燥させる小屋だと思います。ブドウも、炎天下にこういう砂の物置の中に放置しておけば乾燥して“ぶどうのミイラ”ならぬ、乾燥レーズン、になるわけです。


民族衣装の子供達。写真にとられることで“お小遣い稼ぎ”をやってます。


帽子屋さん。遊牧民族系の人も多く、動物系の毛皮も多く利用されてます。この人達も漢民族とはちょっと違いますよね。


以上です。


そんじゃーね。