以前は打つ手がなかったHIV感染、現在では薬で AIDS発症を効果的に抑制できると言われています。
多くの高価な薬を併用する治療法のため、月の薬代は約 20万円、年間で 240万円にもなり、基本的には一生飲み続けるので、40歳から 70歳までの 30年分で合計 7200万円もかかります。
こんな高い薬代を払える人は、ほとんどいませんよね。
けれど日本では障害者認定を受けることにより、患者の個人負担は月 1−2万円程度にできます。
日本の医療保険、社会福祉制度は非常に手厚く国民を守っているため、患者はわずかな負担で命がつながるわけです。
もちろんその差額は、医療保険の他、社会福祉費用として税金から払われます。
★★★
そして患者一人当たり 7200万円の薬代は、それらの薬を開発している製薬会社の売上となります。
お金の流れ(月額・一人分)はこんなかんじ。
↓
( 40歳から 70歳までで生涯合計 30年なら、総額は 6840万円と 360万円です)
抗HIV薬として処方される薬には、日本の製薬会社が作っている薬も含まれます。
でも患者が処方される薬の多くは、海外の製薬会社の薬です。
この場合、お金は誰から誰に流れているのか、よく考えてみて下さい。
わかりますよね。
日本で HIVポジティブの人が増えれば増えるほど、巨額のお金が「日本の納税者および健康保険の支払者」から、「欧米の製薬会社」に流れるのです。
もし!
こういった薬の大半を日本の製薬会社が開発できていたら?
そうすればお金は、「日本の納税者および健康保険の支払者」から、「日本の製薬会社」に流れ、製薬会社の社員が払った税金は日本政府へ、彼らが日々の生活で使った額は、それぞれ日本のお店の売上になります。
でも、欧米の製薬会社の薬しかなければ、私たちのお金はすべて海外流出し、国内には戻ってきません。
★★★
上記では HIVを例にとりましたが、治療に高額の医療費・薬代がかかる疾病は他にもあります。
たとえば、腎臓の不全から人工透析が必要になると、治療費は約月 40万円(年間 480万円)、これも一生受け続ける必要があります。
たとえ 3割負担でも個人で払える額ではありませんが、「長期高額疾病」に指定されているため、個人負担は月 1万円程度です。
統合失調症などの精神疾患についても、よい薬がどんどん開発される一方、その薬代は月額 10万円を超えるなど、非常に高額になりつつあります。
もちろんこちらについても障害者認定が受けられるので、個人負担は月数万円です。
その他、高血圧や糖尿病など、一生、投薬や治療が必要となる生活習慣病由来の疾病は少なくありません。
これらに関しては、高齢者だと 1割から 2割の自己負担、若い人は 3割負担です。ただし、高額医療費の補助制度があるため、月額の個人負担額にはその人の所得に応じた上限があります。
ここでもう一度、上記の図を見ながら、
「もし欧米の製薬会社が、画期的なアルツハイマー治療薬、画期的な糖尿病薬、画期的な高血圧治療薬を開発し、日本の製薬会社がそれらを開発できなければ、何が起こるのか」考えてみて下さい。
★★★
次に、視点を「それらの画期的な薬を開発する製薬会社」側に移してみましょう。
彼らの売上や利益は「為替の影響」をどれくらい受けるでしょう?
日本の製造業はよく「円高だから売れない、利益がでない」「円安になれば売れたはずだ、利益が出る」と為替に一喜一憂しています。
では、上記の抗 HIV薬を開発した海外の製薬会社も、その売上や利益が、為替の動向に振り回されているでしょうか?
反対に言えば、患者が存在する国の方は「為替変動により、薬の購入数を減らしたり、増やしたりする」でしょうか?
そんなわけないですよね。
飲み続けなければ命に関わる薬なのです。
どんなに円安・外貨高になっても、日本は薬を買い続けなければなりません。
円安のせいで、これまでより遙かに高い額を払いながら・・・
別の産業でも考えてみましょう。
グーグルやアップルは「為替のせいで赤字だ」とか「ドル安だったので、iPhone がたくさん売れて黒字になった」とか、言ってたりするでしょうか?
私はこういった会社が「為替変動のせいで損した・得した」みたいに言ってるのって、聞いたことがありません。
なぜなら、彼らが作っている商品やサービスは「為替が変動したからといって、買う人が少なくなるような商品やサービスではないから」です。
他に代替できる「同じくらい魅力的なサービスや商品」がなければ、私たちは少々高くなっても、それを買い続けなければならないのです。
★★★
発展途上国と先進国のビジネスについて比較してみましょう。
発展途上国の間は、どこの国も「安い人件費」「安い為替」「安い社会コスト」を武器に、輸出産業を伸ばします。
かっての日本もそうだったし、今の中国も同じです。
けれど、先進国になれば、「為替を人為的に安く抑えて、モノを輸出しまくる」という方法は、許されなくなります。
先進国になれば、人件費も、社会コストやインフラ負担費も、そして通貨も高い・・・そういったハンディがありながら、それでも世界中が欲しがるものを提供できる産業をもつ必要があるのです。
上記に例示した「命や健康にかかわる画期的な薬」などは、その典型例でしょう。
グーグルやアップルが提供している商品も同じです。
先進国になれば、発展途上国より遙かに質の高い教育機会が多くの人が与えられます。
そういった高度な教育を受けた人が、「高くても世界中から欲しがられる商品」を開発する。
だから、為替に一喜一憂する必要がない。
それが「あるべき先進国の産業構造」なのです。
★★★
どの国も、中進国から先進国になるまでに 20年くらいはかかります。
この 20年の間に「人件費も為替も安いから売れる」産業を、「高くても売れる」産業にシフトしていく。
これが、先進国になろうとする国に求められる産業構造の転換です。
『自分のアタマで考えよう』にも書きましたが、この転換はどの国にとっても大変です。
だからこそ安い人件費や安い為替を利用できた時代に儲けた資金を、立派な公民館や市庁舎を造るためではなく、デジタルやバイオ医療といった先進的な教育や、産業の新陳代謝を促すために使うべきなのです。
(これは国だけでなく企業レベルでも同じです)
繰り返します。
「通貨が強くても、世界から求められる商品やサービスを提供していく」ことが、先進国の産業には求められています。
いつまでもいつまでも、「為替さえ安ければ儲かったのに」とか言ってては話にならないのです。