ふたつの議論の方法

“議論の方法”には、全く異なるふたつの方法があります。ひとつは、「合意点を探るための議論方法」、もうひとつは、「自分と相手の主張の差を明確にするための議論方法」です。

共同で事業を運営している仲間との議論であれば、その大半が最初のタイプの議論となるでしょう。一方、政党の党首同士が討論するような場合は必ずしも合意は必要でなく、その主張の差が有権者にわかりやすい方がよいので、後者の議論方法のほうが適切です。


先日テレビの討論番組で、A氏とB氏が議論していました。A氏は「正社員の既得権益を守るために、非正規雇用で働いている人が犠牲になっている。」と主張。次にB氏がそれに反論する形で、「正社員、非正規雇用の人という分け方をすること自体が間違っています。正社員でもひどい条件で働かされている人がたくさんいます。」と発言されていました。


採るべき労働政策案についてA氏とB氏が合意するためにこの議論を行っているのであれば、ふたりの主張は次のように整理すれば効果的です。

「働いている人を、

(1)大企業の正社員で、整った労働条件のもと高い給与をもらっている人を“大企業の正社員”

(2)立場は正社員ではあるが、残業代もなしに長時間労働を強いられ、実質的には最低賃金より低い給与で働かされている“名ばかり正社員”

(3)非正規雇用で、厳しい労働環境の下、仕事の安定性さえもてない“非正規雇用の労働者”

の3種類に分けて議論しましょう!」


こう整理すれば、A氏とB氏の合意点を見つけるのは圧倒的に容易くなります。A氏は「大企業の正社員の好待遇を守るために、(3)の非正規雇用の労働者が割を食っている」と言っており、B氏は「割を食っているのは、非正規雇用の労働者だけではなく、(2)の名ばかり正社員も同じです」と主張しています。(1)(2)(3)と整理すれば、ふたりの意見に大きな対立点はなく、双方とも相手の意見に同意できるでしょう。

このように「合意するための議論方法」を採用すれば、一見対立しているように見える意見でも「では、次は“名ばかり正社員”と非正規雇用の人をどう助けるかという方法論について議論しましょう」という形で、次の段階の議論に進めることができるのです。


一方、ふたりの主張の差異を明確化するのが議論の目的であるなら、「何が問題視すべき課題なのか?」という議論設定にすればいいのです。そうすると、A氏が問題視しているのは「正規雇用と非正規雇用の格差」、すなわち「雇用形態問題」であるのに対し、B氏は「雇用形態に関わらない、劣悪な労働条件が問題」と主張しているとわかります。こうなると、この問題をどちらの視座から捉えるべきか、白黒をつけることが求められます。

このように議論には、「合意点を探るための議論方法」と「自分と相手の主張の差を明確にするための議論方法」があるので、どういう場合にどちらの議論方法を選択すべきか、が非常に重要です。

★★★

たとえばテレビの討論番組なら、「差異強調型」の方が見ていておもしろいですよね。ディベートでも差異強調が基本です。与野党が政権を争っている時も、差異強調型で議論しないと有権者に選択を迫ることができません。

一方、夫婦で家を買うかどうかや子供の進路について話し合うなら、「合意点を探るための議論」をする必要があります。そんなところで差異を明確化しても不幸なだけです。また、ひとつの政党の中で異なる複数意見が存在しているのだけれど、選挙までに党の意見を一本化したいという場合も、合意するための議論が必要となります。

つまり、その議論によって問題を解決したい場合は前者の議論方法を採用する必要があり、反対に、問題は話し合いで解決するのではなく、誰か他者に多数決で正否を決めて貰うのだ、という場合には後者の方法が適しているのです。

そして、議論の司会者役を務める人は、その議論の目的に鑑み、今は論点をすりあわせて議論を整理し、合意形成と問題解決をめざすべき時なのか、それとも後々の選択に向けてそれぞれの主張の差異を際だたせるべきなのか、ということを理解している必要があります。

特に、議論することで問題を解決したい場合は、各人の議論をかみあわせるための“議論の交通整理”が必要で、司会者にはそのスキルが求められるでしょう。


またテレビの討論番組を含め、議論を外から見ている人は、「今、自分が聞いている議論は、合意を得るための議論なのか、それとも差異を際だたせるための議論か、どちらだろう?」ということを意識して聞いていると、論点が見えやすくなります。

時には、議論をしている大半の参加者が「合意を形成して問題を解決しよう」という方向で議論しているのに、その中に1名だけ「合意にいたる必要性など感じない。俺は差異を強調したいんだ」という意図をもつ人が混じっているような場合もありますが、それも見破ることができるようになります。

それぞれの人の主張を聞きながら、「ああ、この人は合意に向けて努力してるんだな」とか「ああ、この人にとっては自分がいかに他者と違うかを印象づけることが大事なんだな」とわかれば、討論番組もまた違った角度から楽しめるようになるでしょう。


そんじゃね。